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『私の探偵小説』   [読書 本]



毎日、ずっとずっと一緒だった絶対恩師・上迷が、「チャック、おもしろい本があったぞ、読んだか」。そう言ったのが1978年5月、安吾の風変わりな文庫本だった。ここに収録されている芥川賞の選後評で、松本清張の未来を読み取った表現があり、そこを朗読してくれたのだった。そのころ私たちは、読書会のようなことを毎晩、未明まで続けていた。

今回、図書館で借りたこの文庫を、長女がチェックして、「あれ? また読むの?」と尋ねる。今年の春先、大学院がなかなか決まらず、就活も同時進行していた娘が、ちょうど松本清張にハマっていたので、絶対恩師が私に朗読してくれた箇所を「読め」と、持っていた文庫本を送った。

去年、開放講座で、この文庫にある「新人へ」という3頁ほどの箇所を使ったが、未だに新鮮に思える。そして読み返すたびに、恩師と会話していた熱いモノが甦るのだった。運転免許取得のため札幌に来ていた長女も、明日は東京に帰り、いくつかの学会発表に参加して、20日ドイツへ渡る。なんだか父も複雑な心境で、もう少しだけ、娘と話していたい気もするし、亡くなった恩師と会うために文庫本を読み返すのだ。




『私の探偵小説』 坂口安吾/角川文庫 (昭和53年/1978年 5月20日 初版発行)
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p189
『或る小倉日記伝』は、これまた文章甚だ老練、また正確で、静かでもある。一見平板のごとくでありながら造形力逞しく底に奔放達意の自在さを秘めた文章力であって、小倉日記の追跡だからこのように静寂で感傷的だけれども、この文章は実は殺人犯人をも追跡しうる自在な力があり、その時はまたこれと趣きが変りながらも同じように達意巧者に行き届いた仕上げのできる作者であると思った。







後に推理小説に「社会派」と呼ばれる位置を作り、多くの作家に影響を与えた巨人の「未来」を予見する安吾の文章を、何度もしみじみと読んだ記憶がある。そんなことを思い起こしている。

慧眼の絶対恩師に、表現と質問内容で三度叱られたことがあり、そのうちの一つが「先生の好きな作家坂口安吾」という表現、もう一つが「先生も小説書けば良いのに何で書かないの」、これには激しく怒られて、二度と口にはしなかった。

村上春樹の写真を見ていると、鼻筋も違うし、眼鏡もかけていないし、全く似ていないのだけど、それでも安吾に雰囲気が似ていると、いつも思ってしまう。





気分がバラバラなのは、感傷かも知れない。インカレの時期にはこうなるんだな。


2012年9月7日、インカレ水泳の初日、絶対恩師との再会は実に10数年ぶりだったろうか。長女と一緒に、杉並にある入院中の病院を見舞い、部屋に入るなり、叱られたのだった。「一を聞いて十を知ったつもりになって、教師の悪しきサガ。恥を知れ」と。昔と全く同じ状態がそこにはあった。私はいつでも上迷に叱られていた。嬉しかった。そしてその翌日、長女は留学先のスイスへ飛び、私はふたたび上迷の見舞いに行くのだが、それが最後の別れとなった。

「相談したいことがあるのです」、と3年前には言えなかった。
いつでも自分で考えて、自分で答えを出すしかない。

午後は自転車で、長女の好きなワサビ味の豆を買いに行く。
二日酔いでもないのに、今日は頭の中がバラバラだ。・・・ファイト!





『影の外に出る ~日本、アメリカ、戦後の分岐点』   [読書 本]




言いにくい話だが、ニュアンスだけで盛り上がるのは、子どもと変わりがない。「戦争反対」などと、当たり前のニュアンスではなく、「正論」が必要で、10年前の本は小泉政権時代の話ではあるが、参考になる。私たちは、ただ、何もしてこなかっただけなのである。


「アメリカからの光を日本が受けて影が出来る。その影が自分自身と思って日本はここまで来た。その影の外に出ることで、日本が自分をとらえなおす・・・」との思いで筆者は書名を紹介している。あの、ヤワに思えた片岡義男が、正論を吐いている。好きになった。





『影の外に出る ~日本、アメリカ、戦後の分岐点』 片岡義男/NHK出版
                      (2004(平成16)年 5月 30日 第1刷発行)
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p7
 考えることをどこかでやめると、考えを停止したことによってそこから先に発生するマイナスは、借金が雪だるま式に大きくなっていく、というようなことに例えることが出来る。思考を停止した人が最も陥りやすいのは、べきである、べきではないという、すでにその人の中で出来上がって固定されている価値観によって、すべてを性急に裁断してしまうことだ。その人の価値観はその人の財産であり、少しだけ大げさに言うなら、それはその人の既得権益のようなものだ。これを守ろうとして活用される、べきである、べきではない、という価値観は、持続させることがもはや不可能なほどに効用のつきた制度であり、現在という現実に対して、これほど無力なものはない。


p72
 テロ攻撃の標的は無制限と言っていい広がりを見せ始めている。そのイラクにアメリカは三千人規模で海兵隊を派遣するという。あくまでも軍事的に、しかも徹底的にやるという態度以外の、なにものでもない。状況は劇的に悪化するだろう。

 こういう現実がイラクにはあるのに、記者会見で官房長官は、だからと言って「自衛隊がイラクへ行ってはいけない、ということにはならない」と発言した。こう言っている当人の顔の先せいぜい30㎝ほどの範囲でしか通用しない理屈に重ねて、「引き続き調査・情報収集をしなければならない」とも言う。どのような情報を誰がどのように収集し、それはいったい誰にとってどのように役に立つものなのか。


p76
 国際社会、という気楽なひと言
 日本よ自分の軍隊をイラクへ出せ、と「国際社会」から日本が言われたことは一度もない。


p77
 「安全には配慮する」としか言えないうちは、軍隊を動かそうなどとは思わないほうがいい。
 戦場へと赴こうとする自国の軍隊に向けて、「安全には配慮する」などという国家を、僕は聞いたことがない。さらに二、三ヶ月さかのぼれば、「(戦場の)どこが安全でどこが危険かなんて、私に訊かれたってわかりませんよ」などとも言ったのだから、国家として体をなしていない。したがって軍隊に関しては自制すべきだ。


p206
 戦後の日本が外交と防衛の問題をさぼってきたのは、アメリカの傘下にいたからだ。さぼってきた当然の結果として、世界という現実を正しく認識する力と、そのために必要な正確で深い知識や豊富な体験を、批判する側もされる側も、等しく欠いている。これが戦後日本の成果なのだ。選択肢が一つしかないというあり方は、無能国家や失敗国家が持つ最大の特徴ではないか。身近にお手本のある独裁という無能や失敗は、たいそうわかりやすいだろう。

 どこまでもアメリカについていくと日本は孤立すると言うけれど、日本はとっくに孤立している。アジアとのつきあいを半世紀を越えて日本はさぼってきた、としか言いようがない。その結果、アジアのどこにも日本は友人を持っていない。アジア全域の安定や繁栄の核の一つとして、将来に向けて長く有効に機能するさまざまな関係というものを、どこの国とも作っていない。


p209-210
 日本にとって戦後とは、冷戦が続いていた期間だったようだ。冷戦が終わったあとは次の段階に入ったのだが、日本は気づかないままここまで来た。戦後ずっと、日本はアメリカの傘下にいた。いまもそこにいる。そしてその傘下で、日本は外交と軍事をさぼった。どちらも国の根幹にかかわることだが、戦後の日本にとって国の根幹とは、自動車産業の成長や家電のシェア合戦だった。そして国について考えたり語ったりすることは、タブーにまでなった。

 なにしろさぼりにさぼった。外交と軍事をほとんどやらないで来た。だからいまにいたっても、それらについて日本は基本から知らない。知らないから、したがって出来ない。出来ないからますますやらない。やらずにすませることの、言い訳の術だけはうまくなったのだろうか。やっかいなこと、特に対外的なそれを、可能な限り考えたくない。したくないというのが、戦後日本の国家方針だった。こういう期間が五十何年も続いたのだから、日本が外のことを知らないのは当然だ。知らないから国際情勢などつかめっこない。しかもその情勢は急速にそして複雑に、変化の層を重ねていく。何をどうしていいかわからない状態を、アメリカへのさらなる依存へと転換する。日米同盟の重視、つまりアメリカからの要求に応え続ける日本を推し進めることを通して、世界全体を自らの手でさらにわからなくしてしまう。

 半世紀を越えたこの過程のなかで、国家観や国家像というものを日本は失った。国はあるのだが、その国はどのような国なのか、長期的な将来のなかでどんな国になりたいのか、世界の中にどのような機能を担ってどんな位置を占めたいのかといったことに関して、主体的に考える能力を喪失した。日本という国の顔が見えない、日本は他国と口をきかない、日本は他国と真のつきあいをしない、日本には他国に提示できるヴィジョンがない、という外からの批判を受け止めた日本は、自らが自らに向けて同じ批判をおこなった。国家や国家像をすでに失った事実から発生してくる、これは実にわかりやすい症状だった。

 ヴィジョンとは、国家観がしっかりとあった上で、将来に向けた長期的な戦略のなかに、国益と深くからんで、自画像のように浮かび上がってくるものではないか。国家観などなくてもいっさい不足を感じることもなく、いっこうに平気だったのは、会社が拠り所としてほぼ絶対だったからだ。勤めている会社の中にすべてがあった。冷戦が終わるまではそれで充分だった。冷戦が終わるのと時期をほぼ同じくして、日本では会社が絶対ではなくなり、会社を軸にして組み立てられていた社会システムのあらゆる部分が崩れ始めたのは、興味深いところだ。




民主党は総会屋のような女を使って自滅した

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政教分離の出来ていない公明党が、創価学会の圧力を跳ね返して賛成に回った。賛成する「益」が大きいからであろう。対案を出せなかった民主党は、議場に臨むまでプラカード作製が全ての「準備」だったというお粗末。「強行採決をされた」というニュアンスを演出するだけだった。多くの民主党議員も本音は、「賛成」だったのだ。いちど政権を担当し、「外交」に関わった経験があるから当然である。

アジアの中ではトップクラスの軍事力を持つ自衛隊を、「軍隊ではない」と言い続ける不思議。抑止力であった憲法から離脱するなら、憲法を改正し、堂々と自立すべきであると言う意見を、誰も言わない。正攻法を取らなかったツケは、なし崩しの場面に移っていく。「戦争反対」どころではない領域へと進むことになった。プラカードの後ろに隠れていた民主党議員の罪は重い。創価学会の「正論」が奇跡的に正しいのだが。



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小雨で鬱屈としてしまう我が感性の脆弱性が気になってしまう。
カラスの横暴に専守防衛、雨が上がっても傘をさして歩くのである。
鬱勃たる闘志を抑えて専守防衛、我が身をカラスから守る情けない姿のオヤジ。


昨日の歩きは、15298歩。



今日は友だちの来るワインの日、ファイト!





『朝日新聞元ソウル特派員が見た「慰安婦虚報」の真実』   [読書 本]

  


帯に言う
「ことは日本という国の名誉がかかっている問題だ。世界の65億人に向かって朝日新聞が発しなければならない言葉は、おのずと明らかではないか」とあるが、御免なさいでは済まないことだ。



『朝日新聞元ソウル特派員が見た「慰安婦報」の真実』 前川惠司/小学館 
                                  (2014年9月1日 初版第1刷発行)
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p100
「どうして、日本人慰安婦の方はほったらかしなんですか」
と尋ねた。返事は、
「だって、年増の玄人さんばかりだから、日本人は。韓国人は素人の娘さんたちだったのよ」
だった。何かおかしかった。


p104
「挺身隊と慰安婦を混同」はとっくの昔に「訂正」が出ていると思っていたのに、出ていなかったと分かった。どうしてかと素朴な疑問で調べたら、間違えた記事は西岡教授たちが指摘した記事以前からあり、その後も間違え続けていたと分かった。訂正のしようもなく、朝日新聞としてはもう頭を抱えているしか方法がなかったというのが、実際ではないか。
 朝日新聞がもっと早く訂正記事を出しておけば、慰安婦問題がこれほど大きな問題に発展することはなかったはずだ。「従軍慰安婦像の碑文だけでなく、韓国の歴史教科書でも、挺身隊という名で強制動員して慰安婦にしたと書かれており、韓国で既成事実と化しているのも朝日新聞のせい」と言われずに済んだだろう。


p122
慰安婦狩りが信じられる理由
韓国では繁華街で白昼、普通の娘がいきなりさらわれ、売春街に売り飛ばされることが起こり、大社会問題になることがある。この人さらいのやり方は、乱暴きわまる。街で「獲物」を見つけるや、いきなり殴りかかり、「お前、なんで家を出たんだ」などと叫び、ワゴン車などに押し込んで、連れて行ってしまうのだ。
韓国人の夫婦喧嘩は、周りを味方につけるために、外に出て相手に背中を向けて、周囲に大声で訴える。言わば該当告げ口だ。それも夫婦でやりあいながらだ。妻が派手に夫に逆らう姿に慣れているから、街中で必死に女性が抵抗して騒ごうが、周りは夫婦喧嘩かと思い込んで、まるで気にせず、警察にも通報しない。嘘のような、韓国社会ならではの手口だ。
そう言えば、第15代大統領になった金大中氏も、朴正熙時代に白昼堂々、当時の韓国中央情報部の手で東京のホテルから拉致された。
そんな人さらい事件が頻繁に起こるのは、おかしな表現かもしれないが、韓国には“拉致の文化”があるせいではないか。「手っ取り早く、連れて来ればいいんだ」という発想がどこかにあるのかもしれない。

p142
日韓は国交正常化に伴って、両国間の財産、請求権一切は、
「完全かつ最終的に解決された」
と決めて、日本は多額の資金支援をした。平たく言えば、協定は日韓で取り交わした示談書なのだ。韓国側は、正常化交渉のときに、従軍慰安婦問題は入っていなかったと言うが、交通事故でも一旦示談したら、もう新たな請求はまかなかできないのが普通ではないか。一方で、国際法では、国と国との間の取り決めがあっても、戦争犯罪などによる被害は、個人が相手国に損害を請求できるとして、
「個人の請求権はある」
「従軍慰安婦問題は国家犯罪だから、別枠で個人補償しなければならない」
という「異論」が日韓の国内にあったのも事実だが、朝日新聞は、異論側に立っていると思わせる記事がたくさん目についた気がする。



       吉田清治(嘘の始まり/根拠のない偽善的な反省の弁)
       河野洋平
       松井やより(元朝日新聞記者)
       千田夏光(元毎日新聞記者)
       福島瑞穂(国会議員)



罪深い人たち。裏をとらない取材記者の罪も重い。
朝日新聞とは小5以来のつきあいだったが、不買運動に参加中。
「少女の像」の横に、「ニセ報道謝罪の碑」を朝日新聞社には建てていって貰いたい、ぜ。





花壇キュウリ初収穫は瑞々しく

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昨日の歩きは、25258歩。




今日は長めに歩く練習、ファイト!






『私の歩いてきた道』逸見政孝   [読書 本]




久々によく通る、アナウンサーらしい声を聞いた。
逸見政孝は素敵な声なんだなと思った。
彼は私のセンパイなのかと思い、親近感を持った。


『私の歩いてきた道』逸見政孝/文藝春秋(講演)
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目的を持って生きることは素晴らしい。
目的を達成したときの喜びというものは、その過程の努力に比例しますよ、ということを知っていただきたくて話しています。

浪人 → 失恋 → 見返してやろう → 有名になって「逸見さんをフって失敗した」と知らしめる → アナウンサーになろう → 一番アナウンサーを輩出している大学の一番入りやすい学部に入ろうと、浪人をした年の8月30日に決めました。

昭和39年、大学合格。一年浪人してさらにこれから4年甘えるのは親に申し訳ない。4年かけてアナウンサーにならなければ、大阪に帰って親に合わせる顔がない。

大学4年間、毎日、トランジスターラジオ、テープレコーダー、三省堂のアクセント辞典、この3つが私にとっての三種の神器でありました。まず、ラジオから流れるアナウンサーの声は私の教師代わりになる。暇さえあればニュースを聞きました。アナウンサーが担当するDJ番組、ヒットパレード番組を聞く。アクセント辞典でチェックしながら聞きました。

バイト先、学校、電車の中で人の会話に耳を澄ませて聞く。この人は東京の人だなと思ったら、耳をそばだてる。あのアクセント、僕が考えてたのと違うなと思ったらアクセント辞典をすぐに引く。自分が間違ったということに気づくと、下宿に帰り、頭にたたき込まれるまで練習しました。大阪の人間だったので、アクセントの矯正は重要でした。

一次の筆記に受かり、二次のマイクテスト、カメラテスト、これを三次、四次、五次と重ねていくが、広き門の年でありはしたが、フジテレビを受けた男子学生の数543人、受かったのは3人。

一つのものに集中して突っ走った大学4年間というものは、仮にアナウンサーになれなかったとしても、他の仕事に就くにしても決して無駄にはならないんだと、役に立つんだぞという気持ちを持ちながら頑張りました。そうでもしない限り、救いはありませんでした。

人間たまには失恋してみるものですよ。人間たまには、浪人してみるものですよ。失恋とか、浪人とか、人生のマイナスかも知れない。でも、人生を長い目で見た場合に、そのマイナスの要因を自分の力でプラスにねじ曲げることができる。一回や二回つまずいたくらいで、くよくよしなさんな。一回折れた骨は強くなると言われます。

昭和43年4月、フジテレビ入社。
人間、どこかで帳尻を合わすことができる。小さい頃から草野球ばかりやっていた。人生のフスマに、障子に、ブスブス、ブスブス穴ばかりを開けていた。浪人して、アナウンサーというターゲットを自分に課してから大学に入り、毎日、今なら自分の頭を撫でたくなるくらい頑張りました。今やれと言われても、できない。若かったからできた無駄なほどの努力でした。

それまでブスブス、ブスブス穴をあけていたのを、こんどは一生懸命に貼り始めた。そしてフジテレビに入社した時点で、私は何とか帳尻を合わせたと思うのです。帳尻合わせて20年経った今、ちょっとだけお釣りが来ている、という気がしてならない。大学4年間の、あの頑張りがなかったら、今の私はありませんでした。

大学4年間、遊んで遊んでも4年です。私のように何か一つの目標に打ち込んで、それに向かって突っ走るのも4年間。どっちがいい、どっちが悪いとは言いません。なぜか。遊んで遊んで遊びまくることが、役に立つ仕事もあるんです。だからどっちがイイとは言いませんが、悔いのない学生生活を送るべきだと思います。



ためしてガッテン パプリカ

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パプリカを、両面焼きグリルで強火20分加熱します。
※途中で1回パプリカの向きを変えるとムラなく焼き上がります。
※グリルの機種によって加熱時間は異なります。焼きすぎに注意して調整して下さい。

表面の皮は焼け焦げても気にしないで、その皮をむくと、甘い果肉が登場です。
ビタミンCがさらに増すそうですし、甘みが出ます。


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醤油漬けにして、一見マグロの赤身ふう、酢飯に合って、面白逸品!



昨日の歩きは、24092歩。



ファイト!



『ドイツ式 暮らしがシンプルになる習慣』   [読書 本]



帰りの電車で、我が席のそばに立つ女性が読んでいた本は、タイトルが気になった。
「ドイツ式」というだけで、秋からの長女を暗示しているようで刺激を受けた。
特急電車の往復で読み切ったが、まあ、なるほどなと言うことで、1300円は出さないよ。


ドイツ式 暮らしがシンプルになる習慣』 門倉多仁亜/SoftBank Creative
(2011年8月12日 初版第1刷発行)

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最近徹底的に処分、廃棄、断捨離、シンプル、飾り気なし、という路線に特化中。
惜しげもなく、惜しむこともなく、あげる、寄付する、古紙回収、廃棄処分、空間ダイエット徹底。
やがて心の贅肉を落とし、自分の再発見。
捨て切って、物を増やさない、出したら必ず片付ける、後に回さず「習慣」にする。


大いにファイトである。




懸賞生活者次女花壇投資したレタス

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困ったことに、食べ頃が分からない。収穫をいつにすれば良いのかが不明。
ご近所様を散歩中にチェックして、こんな感じでもまだあったぞと、写真を見せる。
次女はひとこと、種類が違う。
適当に、食べ頃ゴー・サインを出してしまうかなと、弱気なパパである。


ファイト!


ファイト!





「考える力」をつける本   [読書 本]




だまされた。書斎派だからこういう表紙に騙される。羊頭狗肉。
朝日新聞の元記者だし、長く「素粒子」をお書きだったから、と期待するのが間違いだった。
持って回った言い回しにウンザリするも、売国的捏造記事の大朝日だから仕方がないか。



『「考える力」をつける本』 轡田隆史/三笠書房(2013年 9月25日第1刷)
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私がいくらワルだったとは言え、国語教師を30年以上もやっていれば、読解力も付く。
それに思考力も付くだろうし、「素粒子」の親方を雲の上と見るのもおかしく、成長もしたのかな。
むかし、ご自身がお書きになった「素粒子」の文章を、解説されるのには腰が抜けそうになる。

文筆稼業、いちど手の離れた文章を、自分で解説してはいけない。禁じ手。
読者である私は、読解作業の教師稼業だったわけで、しかし書くことを磨かなかった。
だから人に駄文と言うだけで、自分は書けないのであって、それは悔しく思う。

大久保利通と西郷隆盛の確執に距離を置くための浮気読書。
駄文から離れて、重い『飛ぶが如く』、残り3巻に突入せよというメッセージなのだろう。






古書店なのだろうか顔が見えない


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昔は古書店も、本を売るのに身分証明書の提示があったはずだ。
対面販売が崩れて、中高生の万引きと売却がスムーズになったのだろう。
便利と言えば便利になったが、ある種の薄気味悪さを感じている。

次女に任せて、処分方法を選んで貰った。
ほとんどは蛍光マーカーで線を引き、書き込みがあるので古紙回収。
奇跡的に汚れのないものを、箱に詰めて送ると、幾ばくかの買い取り料金が振り込まれる。

国語教師なら絶対に持ちたい50冊ほどは、教育大に通う教え子に進呈した。
その学生を3月には、徹底的に叱り飛ばしたのだが、真面目さを買うので、彼の未来に投資。

最後の65冊の中に、筑摩書房の『坂口安吾全集』があるけれど、これは捨てない。
予定では、市川の図書館に寄贈するつもり。
晩年を過ごす土地の図書館から、札幌が外れたことになる。




快晴の今日、断捨離はさらに加速し、午後はすがすがしく散歩である。


ファイトやでぇー





『 さむらいの本懐 』   [読書 本]




司馬遼太郎が幕末の人物伝を書いていて、このことは海音寺潮五郎氏の作品に詳しく書かれているなどと紹介されていたら、読むしかない。実に久しぶりの海音寺氏で、確か北海道に初上陸の旅で持ち込んで読んだとき以来だたと思う。あの時は『天と地と』だったか。40年!


『さむらいの本懐』を読む。
『勝海舟』・『源頼朝』・『献上の虎』・『随想』で構成されている。



『 さむらいの本懐 』 海音寺潮五郎/文春文庫(1988年 4月10日第1刷)
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p228
ナポレオン戦争を起こしたものは、ナポレオンじゃないのだ、あれは神様なんだ、神の力が働いてああいうことをしたのだ、というような具合に、トルストイはみているわけです。ですからトルストイのナポレオン観は、ナポレオンというのは、つまり自信過剰のピエロに過ぎないという見方です。神の力で動かされていることを知らないで、自分の力で動いているといって肩を張っていばっているピエロに過ぎないんだ、子供に過ぎないんだ、そういう見方をしております。

これなどもですね、トルストイはそう信じていたかも知れないけれど、客観的にですね、これを本当のナポレオンであるとは、いえないだろうと思います。小説というものは、そういうような具合に、作者の解釈によって、一つの人物をみ、一つの人物を書いてゆく、形作ってゆくそういうものなんですね。






それぞれの視線

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いちばん大きいのは、子どもの好奇心の視線。

いちばん深いのは、親の守護視線。

見られ続けて仮面の下で冷や汗の方は眼が点で視線を外す。

オヤジは、もうちょっと寄ってくれと熱視線。



不敵にもファイトだ!




『文明の衝突と21世紀の日本』   [読書 本]




 ・北アフリカ・チュニジアの首都チュニスで、外国人観光客らを無差別に銃撃したテロ発生。
 ・落語家の人間国宝・桂米朝さん死去。
 ・サッカーのイタリア1部リーグ、パルマが19日、破産宣告を受けた。



『文明の衝突と21世紀の日本』
                 サミュエル・ハンチントン/集英社新書(2000年1月23日発行)
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p30
 現在のイスラム教徒が暴力に頼りがちな原因の一つは、オスマン帝国の没落以来、イスラムにはリーダーシップを行使して、秩序を維持し、規律を正すような中核国家が存在しないことにある。


p48
 しかし、日本には革命がなかった。日本の近代化は、上から課された二つの主要な改革の時代―明治維新と米軍による占領―のなかで進められたのである。社会を引き裂くような苦しみと、流血を伴う革命がなかったことで、日本は伝統的な文化の統一性を維持しながら、高度に近代的な社会を築いたのである。

        日本の近代化に関する特徴的な点として、「日本の近代化が革命的な激動を
       経験せずに成し遂げられた」とする点には疑問を感じるのだ。
       ・身分制度の崩壊は大きい
       ・幕末のクーデターも大きい


p70
 さまざまな問題について、アメリカは孤立化を強めており、一つか二つ、あるいは三つの国と、協力できるだけで、その他の大半の国を敵対勢力にまわすという状況である。自国の利益がアメリカの利益と一致すると考える国は、減少しつつある


p81
 アメリカが提供できる利益を考えた場合、他の国々のとりうる分別ある態度とは、国際関係の特殊用語で言えば、アメリカのパワーと「バランス」を保とうとすることではなく、アメリカに「便乗する」ことだろう。しかし、アメリカのパワーが低下して行くにつれて、アメリカに協力することで得られる利益も減り、同じようにアメリカに対抗するために必要なコストも減るだろう。そのため、将来において反覇権連合が出現する可能性が大きくなる。


p94
 人々は祖先や宗教、言語、歴史、価値観、習慣、制度などに関連して自分たちを定義づける。たとえば、部族や人種グループ、宗教的な共同社会、国家、そして最も広いレベルでは文明というように、文化的なグループと一体化するのだ。人々は自分の利益を増すためだけでなく、自らのアイデンティティを決定するためにも政治を利用する。人は自分が誰と異なっているかを知って初めて、自分が何者であるかを知るのである。


p98
 チェコの大統領ヴァーツラフ・ハヴエルは「文化と文化の対立が増加している」と述懐して、「今日それは歴史上かつてないほどの危険性を帯びている」と言った。また、フランスの政治家で元EC委員長のジャック・ドロールも「未来の紛争は経済やイデオロギーではなく、文化的な要因によって誘発されるだろう」と認めている。そして、最も危険な文化の衝突は、文明と文明の断層線にそって起こる。


p154
 1994年に、リー・クワン・ユーが述べている。「世界に占める中国の領土は巨大なもので、30年から40年ののちには新しい力のバランスを考え出さなければならない。それは単に巨大な勢力というだけにとどまらない。人類史上、最大の勢力なのだ。」 中国の経済発展が、あと10年続いたら(可能に思える)、そして後継者選びのときにもその団結力を維持できれば(できそうに思える)、東アジア諸国はもちろん世界中が、人類の歴史で最大の勢力が、ますます独断的な役割を演じるのを受け入れざるをえないだろう。


p162
 この戦争(アフガン戦争)がイスラム世界に与えた影響は、1905年に日本がロシアに勝った時に東洋世界に与えた衝撃にも劣らぬものだった。西欧は自由世界の勝利と思ったのだが、イスラム教徒はイスラムの勝利だと考えたのである。
 たしかにソ連に勝つためにはアメリカのドルとミサイルは不可欠だった。だが、もう一つ欠かせなかったのは、イスラムが力を合わせて戦うことだった。さまざまな政府や集団が、率先してソ連と戦い、自分たちの利益にそった勝利を勝ち取ろうと努力した。


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一昨日、焼き鳥屋で飲んだ卒業生Aくんは、アイルランド留学中に「差別」を経験した話をしてくれた。最もひどかったのは、玉子を投げつけられたことだったらしいが、それは彼を留学生と知らず、「外国人労働者」と思ったかららしい。投げつけられた玉子と共に罵声を浴びるわけだが、貧しい層が、外国人に仕事を奪われた時、そうやって爆発するという現象を、日本にずっと暮らしていれば経験できないことだったろう。

どうする。どうやる。どうなれば落ち着くのか。無条件の平和は幻想だ、と言っても通じない日本よ。
定年退職まで後10日、すでに新体制の準備が始まった職場で、白旗を揚げている、オレ。
ファイトだぜ!



『文明の衝突』 ハンチントン   [読書 本]



長女が学部時代に、Huntington, Samuel P.の『The Clash of Civilizations and the Remaking of World Order』を教材に議論を重ねた授業があったらしい。ああ、ハンチントンやんか、と知ったかぶりでチチは言うが、長女に言わせると、あれは一つの見方で、あそこから議論が重ねられた、という意義は認める、というようなことを言われた。


少なくとも、大前提としての重要な前提は共有できるだろう。 → (p34) 
単純化したパラダイム―すなわち地図―は、人間の思考と行動に欠かせない。




『文明の衝突』 サミュエル・P・ハンチントン/集英社(1998年6月発行)
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p317
 紛争は相違の産物である。とくに、イスラム教徒はイスラム教の教えは生活様式であって宗教と政治は一体だと考えるのに対し、欧米のキリスト教徒は宗教と政治は異なった領域だと考えている。だが、紛争は両者が似ていることから起こることもある。どちらも一神教で、多神教の宗教とは異なり、新しい異教の神を簡単に信じることができず、どちらも世界を二元論、すなわち我々と彼らという形で捉える。どちらも普遍的で、すべての人類が信仰できる唯一の正しい信仰だと主張する。どちらも伝道を主張する宗教で、信奉者はこの唯一の正しい宗教を信じないものを改宗させる義務があると信じている。その起源から、イスラム世界は征服により拡大し、キリスト世界も機会さえあればそうしてきた。


p352
統一された強力で独断的な中国は脅威になるかも知れない。


p355
歴史的に見ても、中国は国内問題と海外にかかわる問題の間にあまりはっきりした区別をしなかった。彼らにとって「世界秩序とは中国の国内秩序に付随するものでしかなく、したがって中国の文明的アイデンティティを外部に反映したものであり」、それは「正しい宇宙の秩序と同じように、中心を共有するより大きな空間としておのずから再生するものと考えられてきた」。あるいは、ロデリック・マクファーカーはこう指摘している。「世界に対する中国の伝統的な見方は、注意深くつくられた階層主義の社会に関する儒教的な見方の反映にすぎない。外国の君主や国家は中華帝国の進貢国だと見なされていた。『空に二つの太陽はない。地上に二人の皇帝はいない』」。


p367
東方正教会諸国や東方正教会の信徒が圧倒的に多い地域では、ロシアが中心になって安全保障することを西欧が認めることは出来るかどうか。


p394
セルビア人はコソボを自分たちの「聖地」あるいは「エルサレム」と見なした。1389年6月28日の大戦の史跡地だと考えていた。その日、彼らはオスマントルコ帝国に敗れ、500年にわたってオスマントルコの支配下に入ることになったのだ。





泥沼の中で個人としては、文化交流にいそしむしかないと思っている。


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21世紀の資本・景気   [読書 本]




ソルボンヌ大学とも聞いたことのあるパリ大学ソルボンヌ校、優秀な頭脳が集まる大学と聞く。
パリのお婆ちゃん宅の近くにあり、いくつかある地下鉄の最寄り駅からの途中にある。
おそらく文教地区と呼んでいいのかもしれないが、書店も多い。



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(テロ=新聞社襲撃事件直後だから半旗になっている)





この向かいにある書店で、長女に本を1冊買い、それを課題図書と名付けた。
21世紀のシフォンケーキならぬ、21世紀の資本。
長いのを読むの面倒だから娘に読ませて、解説を受けようという、娘から学ぶ作戦。


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ところが著者は日本語版の売り込みに来てしまって、あちこちで解説や講演。
先週にはクローズアップ現代でゲストとして質疑応答と解説。
また、前回の「そこまで言って委員会」では訳者が出ていて解説をするという集中講義。
まあ基本は、娘に押しつけて勉強させようというのがホンネだから、損はない。
日本語版は6000円近いが、仏語軽装版は4000円しなかったように思う。




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ちなみに、本屋さんの近く、大学正面には、素敵なおじさんが座っていた。
たしかに、オレに微笑みかけたような気がしたのだった。

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日本で仏語の本を買うと高いから、そう言って娘は巴里に戻りたがる。
私はワインを安く堪能するために、舞い戻りたい。

貯金では、届かない世界がある。しかし景気回復に便乗する強運を行使しよう。
強運は、知識と情報が運んでくるモノだから、勉強せえー、とチチは言うのだよ。ホントだよ。


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