So-net無料ブログ作成
むかし噺 ブログトップ
前の10件 | -

偏るお供え   [むかし噺]



私が小学低学年のころ祖父が亡くなり、1月15日だった。
長女が京都で中学英語弁論大会を戦う直後の12月14日、祖母が亡くなる。
13と言う数字が大嫌いなくせに、三女が高2の、1月13日に父が亡くなる。

何となく数字が繋がっていたけど、意に介さず母は8月24日に亡くなった。
祖父母に父母の亡くなる季節は、真冬か真夏で、参列者はきつそう。
現在、拙宅の仏壇にはこの4名が入っており、月命日は三連続する。




DSC05295.JPG


月命日には地味に、マイブームのお供え物。
アスパラガスビスケットと、芋けんぴ、あとを引く美味さ。
私は嫌いで食べないが、父の命日にはオールレーズンのクッキーも投入。

祖父も父も私も頑固者で、上手く人間関係が築けないようであった。
それでも早くに家を出た私は少しはマシだと、月命日には思ったりする。
全ては自己満足のルーティーン、今月はあと母の24日、時は過ぎる。




DSC05296.JPG


雨の日の紫陽花は、本来の力を発揮する。
カタツムリがいれば映えるのだけど、見ることがない。
豊島園では紫陽花と写るならと、カタツムリのレンタルがあるらしい。




DSC05302.JPG


雨の日の外出は嫌だけど、肩のリハビリがありカメラを忍ばせて出向く。
やはりカタツムリはいなかったし、雨が降る。
梅雨らしいと言えばそれまでだが、晴れた日の方が好きだ。



ファイト!





ファイト!(103)  コメント(7) 

「思い出のバラ」   [むかし噺]




片思いはいつでも一方的なもの。
それが明確に「気持ち悪い」と指摘されるようになった。
そしてストーカーと呼ばれるようになった。




AA4I2413.JPG


かつて片思いは、悶々とするものだった。
思いが叶わぬ心の痛み、思い起こせばあざだらけ。
どれだけ世の花から花びらをむしり取ったことか。




AA4I2433.JPG


13歳の時のそれが恋だと知ったのは4年後。
『小さな恋のメロディー』を見てからであった。
角のパン屋の前にある赤電話で2時間も話す休日。

当時は、市内なら10円で何時間も電話を掛けられた。
携帯電話のない時代、抑圧される反動は心をけしかける。
スタンダールの『恋愛論』に言う結晶作用と知るのは5年後。




AA4I2484.JPG


「もしも君がある目的地に向かって歩みだしながら、途中、足を止め、自分に吠えかかる犬の1匹1匹に石を投げつけていたら、とても目的地には辿りつけない。」 (『作家の日記』 ドストエフスキー)


恋多き少年は単に「愛情乞食」だったのかもしれない。
目的地にたどり着くこともできず、破滅することもなかった。
そしてたくさんの、切なさの記憶は残してきた。




AA4I2493.JPG


僕はいま妻のストーカー。
妻、三姉妹という目的地に辿り着いている。
じゅうぶんに幸せなくせ、薔薇に魅了されている。



ファイト!




ファイト!(89)  コメント(8) 

鼻毛も凍ったよな昔   [むかし噺]





数日前は北風が強く、冷たく、寒さが身に染みた。
昨日も、寒くてエアコン(暖房)をつけた。
今日は少し、温かくなるらしいので、風の子になる。




AA4I9440.JPG


寒さが身に染みるとか、風が冷たいとか言ってるけれど、川は凍らない。
北海道では川が凍るのも滝が凍るのも見てきたが、東京ではまだ見ない。
昨日、長野ではマイナス20℃を記録したと聞き、少しわくわくした。

そう、外に出て、思いっきり鼻で息を吸い込むんだ。
そうすると鼻毛がペチペチペチと凍って、あのくすぐったさが大好き。
初任校の道北では、ダイヤモンドダストも見たし、マイナス32℃も経験している。

通りすがりの者には、そういう底冷え体験もまた楽し。
しかし、いざ住むとなるとイノチガケ。
5月になるまでストーブが必要な生活は、もうできないよなオレ。





ファイト!






ファイト!(87)  コメント(5) 

雨に煙る思い出は軽いで   [むかし噺]




昨日は突然の「豪雨」でバルコニーがプールになって驚いた。
室外機が沈むと嫌なので、バルコニーに出て排水溝を突っついて水を流した。
せっかくのプール状態だから、バスマジックリンをかけて網戸を洗った。

水も滴るイイ男ぶりで、雨の中を排水溝突っつき掃除に、網戸洗い。
なかなか美しかったけれど、管理人さんに後日相談。
だって、ここの共用費、うちだけが払ってるんだもん、雀の涙ほど。



DSC04445.JPG


1月からのNHK学園オープンスクールの申し込みに行った。
タワーマンションの45階が会場だけど、その受付で申し込み。
人気の講座だから、ここは大急ぎでリーチを掛けた。




DSC04448.JPG


幾つかの講座を掛け持ちしているけれど、最も楽しい。
この方の講座は国立でも受けていて、キモイ追っかけのオヤジだ。
1月からは國學院大學の講座も追っかけてやる(相手は少し嫌がってるかな)。




DSC04449.JPG


展望台から見下ろすのが好きで、雨でも見える、斜めに続く道路。
初めて妻と出会った時、ほぼ終電で、この斜めの道まで送った。
自宅を知られたくなかったのかもしれないけど。

終電近くで送ってきて、別れ際に未練がましく立ち話。
もちろん、新宿へ帰るボクは、終電に乗りそびれてしまう。
チェーン店の居酒屋で一人酒で仮眠して、始発で帰った。

あの惨め感が好きで、斜め道路は、ボクの思い出。
雨に煙る斜め道路、いつしか、オレは住人。
不思議なもんだと心得る。



ファイト!






ファイト!(90)  コメント(7) 

鰻屋さん   [むかし噺]




お盆明けに課題を提出する。
葛飾区民大学の課題だけど、A4紙2枚を使って8pの冊子を作る。
川千家の取材をまとめるのだ。




AA4I0692.JPG



クッソ暑い35℃の、妻の休日に、ご足労願った。
柴又に出向き、日頃の感謝を込めて、うな重をご馳走します。
すでに、とっくに、決めていたのでした。




AA4I0736.JPG



課題の冊子では写真も多用しなければならない。
川千家の社長に取材した際、写真を撮ったけれど、社長の顔ばかりじゃ変。
となれば、後付けではあるけれど、うな重も店内も店員も店構えも、写しに行く。




DSC02863.JPG



早めに帝釈天をお参りし、暑さこらえて編んでます。
表紙も、内容を示す決定的写真を使わねばならず、苦慮した。
ブログとはまた違った風味で仕上げる。





DSC02868.JPG



取材費がどこかから出るわけではなく、うな重(松)4500円、自前。
でもね、妻への日頃の感謝もあるわけで、大丈夫だよオレ。
店員への取材も含めていいものが仕上がりそうで、楽しみ。





AA4I0796.JPG



そう。
大阪の高校時代、半世紀近く前の話だよ。
サッカー部のイケメンでアルバイトをした話を、妻に語る。

なんばのね、虹の街ができたころかな。
近鉄に向かうところの地下街入り口のすぐひだり。
江戸川と言う天婦羅と鰻の店。

そこでウエイターとしてアルバイトに入ったの。
初日からお姉さんたちから可愛がられたけど、客対応が悪く、態度?
すぐにオレだけ裏方に回された。

でもね、意外にそれが似合っていて、2年間、夏・冬・春休みと働いた。
皮膚病の鰻をさばかせてもらったり、賄い作ったり、食器洗ったり。
食器洗いが専門だけど、肝つぶしが楽しかった。

肝つぶしで胆汁が飛び、目に入ると痛いけど、割烹着がカッコよく汚れた。
その汚れた割烹着で、いっちょ前に地下街を歩いて、トイレに行ってた。
鰻屋さんには、だから何となく愛着があり、昨日は外から板場を覗いたりした。

鰻を食べまくった時期があって、今は昔。
それでも老いは、夫婦が老舗で、早い時間からノンビリ過ごすのもいいかなって。
昨日は中身の濃い、実に楽しい一日だった。


楽しい真夏の佳日




ファイト!





ファイト!(112)  コメント(11) 

嵐の夜に思う   [むかし噺]





台風はそれたと言っても、風が唸り、ちょっと怖かった。
横殴りの雨も襲い、風が唸ると、やっぱり台風は怖いぞと思った。
先の水害に遭った人たちは、更なる恐怖だろう。


近くのプールで個人レッスンがあった次女からメールが来る。
帰りに寄ってパイナップル食べて、泊ってイイかな。
キミの実家だよ、いつでもおいで、つまみも用意するし、飲むのだよ。




壁波.JPG


無職で良かったことは、娘たちに時間を合わすことが出来る。
おまけに、サッカーのワールドカップをほぼ全試合見ることが出来た。
来月、函館時代のサッカー部員と、ちょっと本気で語れるのが旨いぜ。





フラウ ホレ.JPG


4年前のサッカーW杯決勝は、河内長野の実家で見た。
あれから4年、実家はスクラップ処分し、母も亡くなった。
決勝の朝、母がコーヒーをいれて、まだやってんのかと笑った。

あの時、母は私と話をしたかったのだろうか。
2014年7月、週末を利用して年休も付けて実家に帰っていた。
日本での中継は、7月14日(月)午前4時からだった。

あの時は、ドイツとアルゼンチンの決勝で、延長にもつれ込んでいた。
アルゼンチンは1日少なく、準決勝を延長PKで上がってきた、不利。
今回もそういう日程的不利はあったけれど、仕方がない。




日大ではないフェニックス.JPG


珈琲を持って来てくれた母に、状況の説明をした。
細かいことは抜きに、これ今の反則、程度。
インスタントコーヒーだけど、美味かったのは母がいれたから。

そういうことってあるんだよ。
と、台風が通過する夜中に考えるオレ、お父さん。
今年の決勝も、語ってやりたかったけどね。

高校時代、母に試合の日程を教えなかった。
だから、見に来ることもなかった。
ワルぶって突っ張ってんだから、母ちゃんが来ると恥ずかしいって。

後悔はしないけど、寂しいなって、嵐の夜に。




ファイト!






ファイト!(105)  コメント(7) 

鯉にゆれる   [むかし噺]





にゆれる 心ひとつ お前だけを 追いかけているよ
おいでここへ 僕のそばに もえる様な 口づけを あげる
長い夜を  飛び越えてみたい
広島 だけに この愛を誓う
重ねたうでの ぬくもりにとまどう 二人
       (松山千春の「長い夜」をお借りして)




鯉.jpg


去年はね、ものすごくつらいものがあったんだ。
地元の日ハムは、もちろん応援しなければならない。
それが道民の証しなのさ、いや、ファンでなきゃドームに招待されないから。

ペナント2枚を擁する日ハムも、現在は最下位から猛追されている。
不甲斐ないけれど、パリーグと日本一のペナントは持ってるぜ。
でもね、オレ、根っからのカープファンもどき、なのさ。






DSC04350.JPG



1979年、古葉竹識監督、江夏豊、近鉄を倒し初の日本一。
この時は嬉しくて、バイト先の印刷用カメラで記念ハガキを作った。
今年は、道民ながら、気兼ねなく広島を応援し、広島風のお好み焼きを食べる。

ズルイと言えばズルイけど、それがどうした。
元はと言えば、広島県民じゃけぇ、わしは。
でも、最後まで日ハムは応援するよ、来年に向けて。




ファイト!










ファイト!(129)  コメント(8) 

追憶と腰痛   [むかし噺]





いつかなんてありはしない。
誰がいつかなんて言葉を作ったんだ。
先延ばしして誤魔化してるだけじゃないか。

・・・なんて、福山雅治が「福のラジオ」で言っていた。



1216 カニ大坂おばあちゃんと.jpg


いつか
この言葉の空振りを思い 目頭が熱くなる
まいったな


少しばかり母の写真を掘り起こしている
1994年12月16日(金) 函館
三女が生まれて 母が手伝いに来てくれていた
カニの好きな母だった
もちろんかぶりついて食べたのは笑顔満載だった




19850915 馬3.jpg


シンザンが好きで まだ放牧されていた頃 会いに行った
1985年9月15日(日) 浦河
シンボリルドルフも好きだったが シンザンは別格だ
午年の母もシンザンのことはよく知っていた
戦後初の三冠馬シンザン 妻と一緒に会いに行った




DSC04297.JPG

ギックリ腰もどきになっている。
困ったなと思うのだが、一昨日をピークにまだ痛む。
家の中の手摺りを頼りに、伝い歩きをしている。

ピーク時には這っていたが、どうしたものか。
長い時間イスに座っていると、取り返しのつかないような痛さで立ち上がれない。
このまま寝たきりになることはないと思うが、ちょっと真剣に考える。

我らの整骨院も、土曜、日曜とお休み。
もう一日、西洋風に静養しようと思う。
Pain, pain, go away!

何も激しく生きてはいないのに、こんな風な痛みに選ばれたのは、老い?
それとも、祟り?
やっぱりこのままでは運動不足なんだろうな。




ファイト!











ファイト!(125)  コメント(16) 

ドンちゃんと居た時代   [むかし噺]




店の前でご主人を待つ犬を見て思った。
おい、太りすぎだぞって。


おい太りすぎだぞ.JPG


白い犬を見るたびに、ドンちゃんを思い出す。
でも、ドンちゃんはエレガントだったんだぞ。
久々に、ドンちゃんのビデオ見ようかと、妻を誘った。
30分以上かけて見た物は、風呂に入り、ご飯を食べるだけのもの。



ドンちゃんだぞ.jpg
(1989年1月/函館へ引っ越し準備のドンちゃん)

32年前のビデオである。
そこには、22歳の三女より少しだけ年上の妻も時折、登場した。
次女よりは確実に年下の「妻」が写っている驚き。
石炭から石油に変えた風呂、あるいはストーブ。
全てが貧しく見えるのだけど、幸せそうな温かさを感じた。



修行僧像.JPG


公宅は2LDKの木造平屋。
冬は、窓にビニール貼りをしても隙間風の入る室内。
嵐の夜には枕元に雪が吹き込んでいることもあった。
夜になると外は、風と星しかない、最果ての地だった。
そんな光景を考えると絶望的なのだが、楽しそうなのが不思議だった。



ママ未成年略取誘拐かい.jpg
(未成年だった頃の今は妻と熱海へ海水浴に)

オレは北海道が好きだったから、それでいいのだが。
どうして妻が、こんな遠くまで来たのか、見ていると悪いことをした気分である。
可哀想にねぇー、悪いヤツに捕まったんだねぇー。
そんなことを言いながら、オレは謝るのである。
妻はただ、今さら謝られてもねぇ、と笑っている。


ビデオの中の自分より、ずっと未来が少なくなってしまった。
それでも、ビデオの中の「女の子」がやっぱり好きなんだな、と思う。
その女の子と、一緒に時間を過ごせたことが、幸せだったんだと思う。
ひどいことをいい、泣かせることの方が多かったんだろうけれど。
何だか、考えちゃったね。



握りこぶしの中にあるように見せた夢を
遠ざかる誰のためにふりかざせばいい

握りこぶしの中にあるように見せた夢を
もう二年 もう十年 忘れすてるまで
          (「歌姫」/中島みゆき)





ファイト!










ラム   [むかし噺]




青山実花 さま
浅瀬でアグネス・ラムの掘り起こし。
いつかというと、昔の写真。
もちろんフイルム写真で、スキャン。



無題-スキャンされた画像-84.jpg

今は東京ドームになってしまっていますが、むかし後楽園ジャンボ・プールというのがあり、夏が終わればゴルフの打ちっ放しに様変わりします。前身は、競輪場だったわけで、プールにしては無駄な傾斜があります。しかし、美濃部都知事のお陰で、監視員のアルバイトができたのも感謝です。

日赤の救助員の資格を手にし、パンツ1枚で、ひと夏に稼ぎまくりました。 が、驚きは、売り出し中のタレントさんがよく来て、ガイジンなら切り込み隊長で、身辺警護を任されました。アグネス・ラム。

事務室で打ち合わせをし、着替えて貰って、再度打ち合わせ。 その時ついでと言っては何ですが、間髪を入れず、サインちょーだい。低い机に前屈みになって、「Aloha Lum」と、私が脱いだ黄色のT-シャツの胸元に書いてくれました。私はムキムキ状態で彼女の前に座り、ええ匂いするなぁーと思いながら、ビキニ姿の彼女を見ておりました。

好きになっちゃった瞬間です。

当時のオジサンがどう思っていたかは分かりません。でも、バイトの仲間も、後楽園の職員も、みーんな羨ましがっていました。そして、身辺警護に当たり、覗き込んで写すわけにはいきませんから、テキトーに、盗撮させて頂きました。 こういうのって、思い出です。





DSC00879.JPG

でもね、アイドルの栄枯盛衰。 アグネス・ラムには、あの時のままでいてもらう。老いて出てこないで欲しいです。そういう意味で、ミニーちゃん、永遠のアイドルで、元気いっぱいのお婆ちゃんです。やがて年齢は、妖怪の域に達するのでしょうが、元気が良いです。



ファイト!






前の10件 | - むかし噺 ブログトップ