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『職業としての小説家』より   [村上春樹]



『職業としての小説家』という本があり、著者は村上春樹である。
その第二回の「小説家になった頃」に、ふと彼が思い立つ瞬間が描かれる。
「そうだ、僕にも小説が書けるかもしれない」

その思い立つ場所が神宮球場で、ハルキストの隠れた聖地である。
天啓に打たれるつもりで、私も神宮球場へ行った。
そう、童話を書き始めるために。




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神宮球場で六大学野球を見ながら、一人称で始めようと思った。
神宮はある種のパワースポットかもしれないと、ひそかに思っている。
舞台は海、夏休み、父と息子、小学2年生、一人称、ぼく。




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(p41~42)
 一九七八年四月のよく晴れた日の午後に、僕は神宮球場に野球を見に行きました。
(中略)
 広島の先発ピッチャーはたぶん高橋(里)だったと思います。ヤクルトの先発は安田でした。一回の裏、高橋(里)が第一球を投げると、ヒルトンはそれをレフトにきれいにはじき返し、二塁打にしました。バットがボールに当たる小気味の良い音が、神宮球場に響き渡りました。ぱらぱらというまばらな拍手がまわりから起こりました。僕はそのときに、何の脈絡もなく何の根拠もなく、ふとこう思ったのです。「そうだ、僕にも小説が書けるかもしれない」と。

 そのときの感覚を、僕はまだはっきり覚えています。それは空から何かがひらひらとゆっくり落ちてきて、それを両手でうまく受け止められたような気分でした。どうしてそれがたまたま僕の手にひらに落ちてきたのか、そのわけはよくわかりません。そのときもわからなかったし、今でもわかりません。しかし理由はともあれ、とにかくそれが起こったのです。それは、なんといえばいいのか、ひとつの啓示のような出来事でした。英語にエピファニー(epiphany)という言葉があります。日本語に訳せば「本質の突然の顕現」「直感的な真実把握」というようなむずかしいことになります。平たく言えば、「ある日突然何かが目の前にさっと現れて、それによってものごとの様相が一変してしまう」という感じです。それがまさに、その日の午後に、僕の身に起こったことでした。それを境に僕の人生の様相はがらりと変わってしまったのです。デイブ・ヒルトンがトップ・バッターとして、神宮球場で美しく鋭い二塁打を打ったその瞬間に。

 試合が終わってから(その試合はヤクルトが勝ったと記憶しています)、僕は電車に乗って新宿の紀伊國屋に行って、原稿用紙と万年筆(セーラー、二千円)を買いました。当時はまだワードプロセッサーもパソコンも普及していませんでしたから、手でひとつひとつ字を書くしかなかったのです。でもそこにはとても新鮮な感覚がありました。胸がわくわくしました。万年筆を使って原稿用紙に字を書くなんて、僕にとっては実に久方ぶりのことだったからです。




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神宮球場周辺の激変には驚いた。
オリンピックの準備が進んでいるんだなと思った。
妻と国立競技場はよく応援に行ったけれど、神宮球場はない。

今は亡き岳父、国鉄スワローズファンだったらしい。
おそらく少女だった妻も、連れて行って貰っただろう。
岳父は、村上春樹のそばで観戦していたかもしれない。

さて、応募作品、自己陶酔中。
でも、恥ずかしくてまだ妻にも見せていないし、見せないと思う。
ただ祈願するのは、当たればいいなー、賞金欲しいな、である。



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