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寄付という行為   [考え方]




寄付という行為が日本ではあまり定着していないと思う。
自分の意志で、寄付する相手を探して、選んで実行することが少ないと思う。
赤い羽根や緑の羽根が免罪符のように配られて、精神的に追い詰められて寄付。

寄付という行為を実行するには、弱者の理解から始まる。
僕には少しお金があって、三食は困っていない、だから寄付しよう。
そういう寄付だとか、ボランティアだとかに関して、不慣れなニッポンに思う。




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癌を患いステージ4だったデイブが寛解に至ったのは、メルボルン在住だったから。
もちろん私の公式発表では、私が激励しに行ったからなんだけど。
実際メルボルンには、癌に対応する、癌専門の研究機関、病院が複数あるのだった。




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デイブはオリビア・ニュートン・ジョンセンターに入院していた。
検査も、入院も、その後のリハビリも、ここに通っている。
高度な知識と技術を持つ病院が近くにあったのは、大いなる助けであった。




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私の世代でオリビア・ニュートン・ジョンは超有名な売れっ子歌手。
世界的ヒットを出していた彼女が癌になり、お粗末な病院を建て替えちゃった。
自分の癌を治してくれと、最先端の病院を寄付してしまう。




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世界的ヒットを出す英語圏ならではなのか。
日本の大歌手が、いまのところ専門の大病院を寄付した話は聞かない。
幸せと裕福は分かち合うことで、より本物になるように思うのだけど。




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デイブは退院するにあたって、なけなしのお金をはたいて寄付をした。
入院病棟の娯楽室にある、TV用のチャンネルチェンジャーを寄付。
これはボクが寄付したやつで、入院中に使っていた私物なんだけどね、って。

オリビア・ニュートン・ジョンのCDを買うかなって思っている。
我が親友デイブくんを救ってくれた病院を寄付してくれたお礼さ。
何に使われているのか分からない羽根には寄付しない。

でも、世の中の役に立つ寄付を、新年度から少しずつ始めようと思っている。
オリビア・ニュートン・ジョンみたいにはなれないけれど。
それでもできる、オリビアを聴きながら社会を考え参加する。




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