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『司馬遼太郎が語る 〈第四集〉』   [司馬遼太郎]




『司馬遼太郎が語る 〈第四集〉』/新潮社(講演)
『文章日本語の成立』
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・共通日本語の成立
明治維新のように革命が起きると、それまでの文章も滅ぶ。役どころにおいてその文章、文体が完成するには100年かかる。



・多目的に用いられる文章が共有になる
作家の文章と記者の文章が似ていると言うことは、文章が共有できる、共通のものになっていくこと。

明治23年、泉鏡花は自分で文章を作ったが、彼の文章は彼の世界を表現することはできたが、震災後の深川を描写することはできなかった。 (夏目漱石は多目的の文章を作った)

司馬氏の友人曰く、ドイツ語は、ひとことで言えば、誰が書いてもドイツ語の大学入試試験問題になる言葉である、と。それを聞いて、ドイツ語は成熟したんだなと思った。

幕末の志士が議論をしたかと言うと、そうではなかったであろう。隣に住む者にすら、手紙を使った。依頼であれ、漢文混じりか候文で、意志の通じ合いをしていた。非常に不自然な言葉だった。西鶴、源氏物語では、幕府を倒すとかペリーショックを論じることはできなかった。

福沢諭吉が、「スピーチ」を「演説」と訳した初めであろう。三田に「演説館」を作り、文明開化の基礎とした。ただ、彼には(『福翁自伝』によると)、一つの疑問があり、日本には一つの言葉で長い時間しゃべり続けるという伝統というものがない、どうすればいいのだろうか、と悩んだ。

しかし日本には、真宗の坊さんのお説教がある。これだけがあったな、と思った。訓練された説教坊主がいた。高座のような所で、一つのテーマを説く。阿弥陀様の有り難さなど。ただ、文章では成立していない明治初めである。

明治20年の朝日新聞に「花吹雪」という文が掲載されている。戯作調の文章が延々と続いていく。切れ目なく、「。」がない。日本語の基礎にあるもの、日本語の生理、切れない、「。」がない。

明治40年、6月。記事本文は堅苦しい文語体。夏目漱石の連載小説『虞美人草』のところには、陽が差したような口語体。同時期には、学生なのに志賀直哉が『網走まで』と言う作品を書き、雑誌社に送りつけたがボツになっている。

『虞美人草』は口語体だから、色恋沙汰まで表現できて、思想的なものが十分に表現されている。志賀に比べ、道具として多目的に使える日本語であろう。文章が、自分と相手に対して一定の距離を置く事ができるものを漱石は作った。

志賀は自分に即したもの、自分の情念なり自分の何事かに即しすぎた文章しか持てなかった。漱石の方は、自他を客観視することができる所まで行っている。これには正岡子規の影響も大きい。文語体であっても平易で平明な文章であった。

『墨汁一滴』の中に、田舎育ちの自分(子規)たちは何でも知っている。しかし、何かにおびえて暗い表情である。東京の子どもは明るいが、ものを知らない。食べるタケノコが、竹の素だとは知らない。自分たちは草鞋を作る境遇にいた。東京の子どもは、鉛筆も削れない。などと、後世の者でも読んで分かる文章である。



・明治10年、中学に国語ができた
日本では日本語を教えていないのか、とフランス人あたりから言われ、急いで国語科を作った。

オランダ語の、漢文の、馬術の先生は居たが、国語の先生は居なかった。枕草子の頃にも、もちろん居なかった。日本語を教える先生は居なかった。文明開化の印として、国語科が設置された。

松山中学では困った。そこで神主を呼んできた。きっと祝詞(のりと)のことだろうと、日本語(国語)の授業で若い神主が来て、祝詞を教えた。「かけまくもあやにかしこく」とフシをつけて延々と「。」のない、途切れることのない言葉が、国語科の全容であった。文章日本語、国語の出発がいかに困難であったかが分かる。子規は退屈で苦痛の時間であったと記している。

お母さん、お父さんは、どこにも使われたことはなかった。文部省が勝手に作った。階級によって「母上」とか、「おっかぁ」とか、それを全部一つに言語を統一しなきゃいけないというので、おっかぁは良くない、母上は重すぎるということで、お母さんを作った。

「さようでございます」も消され、「そうです」という敬語を明治新政府が作った。過去に使われたことはなかった。ただ、「そうです」は一説によると、江戸末期の花街で使われていたと言う。



・表現をし、重ねることで成熟していく
文章表現を必要とするあらゆる人が、日本語を作っていた。
西洋人は皆、大きな体験をすると必ず文章にして報告する。それが義務であり、責任であると桑原武夫は言う。

文章共通語ができると、誰でもが言いにくかった感情を、言いたい政治的主張も文章にすることができる。文章にはしなくても、明治以前の日本人とちがって長しゃべりをすることができる。そういうようなスタイルが、我々の中に共有できるようになり、成熟したのであろう。







若奥様は自転車も直しにかかる

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中古で買った、変速ギア付き自転車がパンクしたようで、次女様大いに困る。
修理に出すと、5000円もかかると言い、そんなお金は使いたくないらしい。
なにやら工具箱を出して活動している所を見ると、自分で直すことに挑戦模様。
まずは、タイヤを外す所まではできたようである。





初夏がやってきた! やあーい

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昨日の歩きは、24746歩。


予定の25000歩には届かなかったが、おおむね達成であり、本日の励みになる。
今日も歩く、聞く、読む、考える。
そして大いに語る。

ファイト!






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ファイト! 88

コメント 4

あるいる

中学や高校で学んだ古文のテキストには「、」も「。」もありましたから、普通に昔からあるものだと勝手に思い込んでいたときがありました。
古文は苦手でしたからあまり深くは考えなかったせいもありますけれどね。
機械音痴の僕が自転車の修理をしたら、それこそ修復不可能な結果になるのが目に見えていますので、そんな危険なコトには手を出さずに自転車屋さんにお願いするのが一番の得策です。
料理が上手く自転車の修理にまで手を出すとは、次女さんには科学者の素質があるのかもしれませんよ。
まったく関係ありませんが、井上ひさし氏のテレビドラマ「国語元年」は面白かったですね。
NHKオンデマンドで観ることができますよ。

by あるいる (2015-07-11 15:25) 

U3

言葉は語り出すと嘘になる。
だとしたら書いて文章にするしかない。
それが記録として残れば嘘はつけない。
長い間話す事は嘘をつかなければならない事を意味する様に思う。
by U3 (2015-07-11 21:04) 

JUNKO

今日の暑さでも2万歩も歩いたんですか。鉄人ですね。
by JUNKO (2015-07-11 22:06) 

isoshijimi

25000歩弱はすごいです。
足に疲れは残りませんでしたか?

若奥様、食べ物の料理だけじゃないのですね!
自転車も料理できるなんて、すごいです♪
by isoshijimi (2015-07-12 14:18) 

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