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それではお元気で   [@Home]





「それではお元気で、遠い空の下で祈ってます」、母は、どんな内容の手紙でも、いつも同じ締めでした。 養護老人施設に入るまで、そんな手紙をもらってました。 何となく、ホッとするし、安心する自分がいます。 不思議なもので私には、そんな締めの言葉が根っこで響いています。 いつでも私の中で母は、「それでええねん」と言っています。



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1995年8月3日 河内長野で次女と母


ミナミのジャズ喫茶に母と二人で行っても、「面白いなあ」と単純な感想しか言わない人でしたが、そして田舎者で無知かも知れませんが、母なりに、私を何とかしようと一所懸命だったことは理解しています。




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北大植物園/薔薇 ピース(フランス)



三七日、四七日、月命日・・・

四十九日までのお務めをしっかりやりながら

それでも前向きに、2kさんの言うとおり

残された者のできることは元気でいること





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北大植物園/薔薇 マ・パーキンス(アメリカ)


晩ご飯作りも、そろそろ手抜きは辞めて、妻からの合格と絶賛の品を再提示しながらも、新しく絶賛をもらえるよう、試行錯誤を再開である。 しょせん、前しか向けないオレ。 前向きに、レインボーにジャンボを掴みに行く。 その前に、友人宅でワインの飲み会だな。



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ありがとう   [@Home]





「ご冥福をお祈りします」

「お悔やみ申し上げます」

たった10文字の言葉を受けて

涙が出るほどホッとするのはなぜだろう




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告別式を終え、斎場を去るとき、姉からメールがあり、「虹が出てるわ」。
「お母ちゃん、いま渡ってんねんな」、と姉の言葉が続いた。
そういうものなのかなと、思った。




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母の初七日は、私の誕生日だった。

何かしらの縁を、所以を思ってしまう。

そういうものなのかなと、思った。





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本文(266文字)に「摩訶般若波羅蜜多心経」という10文字の経題を含めると276文字の般若心経。 小さい頃から普通に聞き、普通に唱えていたが、母が亡くなり、日に何度も唱えるようになった。 生前、母からそうして欲しいと言われていたから、毎日そうしている。




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初七日の夜、皮膚感覚として、ものすごくそばに母を感じた。
ゾクッとして、怖いのではなく、嬉しいような、温かい気分だった。
そういうものなのかなと、思った。


ふれることのない寂しさがある。
しかしなぜか、母を身近に感じることが出来るようになっている。
そういうものなのかなと、思う。

そう言えば、
母を送り出した言葉はもちろん、「ありがとう」だった。





ファイト!






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ぼちぼち   [@Home]





「心肺停止」

電話でそう告げられても驚くことはなく

二度の危篤から大復活していたから

ついうっかり

しかし最後の再会は斎場でした。




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2014年9月15日の母



母は、私にとって、いつでも母でした。 親不孝であったことは自覚しています。 住吉警察署にも、阿倍野警察署にも、迎えに来た姿は肩を落として、大手前の家庭裁判所でも、呼び出された学校でも平身低頭しており、あるいは、高校を中退したときも、母はいつでも、母でした。 親不孝ばかりでしたが、大学を出て教員試験に受かり、結婚した時も、嬉しそうにする母の顔を忘れません。 「良かったなあ」、喜びの表現もシンプルでしたが、それゆえ忘れません。



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二晩、母のそばで眠り線香を絶やしませんでした。

湯灌、初めて死者の体を洗う作業を手伝いました。

喪主、焼かれた母を受け取りに行く作業は一人でした。




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2014年9月15日の母



初七日、二七日と終わり、

やがて三七日となります。

ただ放心することが多く気合いが乏しいです。


うじうじしているわけではないけれど、

しかしこういう精神状態を続けてはいけないと、

覚醒をしようと考えます。



そして少しブログ訪問をしてみました。

裏・市長さんの辛辣な世相切り、

青山実花さんの映画から機微を読む。


いつか終わるんだけど、

今日からブログを再開してみようと、

不完全燃焼ながら思うのです。





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時は過ぎて   [@Home]





自分の選んだ道の末に
今ここにいる
良い道も 悪い道もある
そしてそれを受け入れる



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1996(平成8)年の夏の終わりに
新札幌のデイブんちで写したものだが、21年の時間が過ぎた。
野幌のキャンプ場でBBQをした帰り、デイブとカナちゃんを送ったのだろう。
デイブも子育て終盤、いいおっさんである。
メルボルンへ遊びに行く約束をまだ果たしていない。





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次女様ご当選

腕っ節の強い当選力である。
「マニュアルを超えた所に感動がある」と、次女は腕を磨いている。
接客業の奥義を究めるのだろうが、当選力も磨いて貰いたい。




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妻に恋して三千里   [@Home]





4日、妻にお誕生日の歌を歌った。
歌いながら後ろから抱きついたら、怒られた。
もう年をとっても嬉しくないよ、と。


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彼女の人生の5分の3は、オレ一緒に居る。
いつもギリギリ、セーフのオレ。
付き合わせて悪かったかな、と少し思う。
でも、素敵な三姉妹が居るから、チャラにしてよね。



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最近、四角いフライパンを買った。
だし巻きに凝り始めている。
う巻きを作ってみたけれど、さて。
見た目を上手に仕上げねばと課題山積。




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「823 姐さん」から先月送り届けられた。
春の風味でしょうか、おいしかったぁー。
こそこそ、少しずつ食べ、4月4日完食。
妻も大いに喜んだのでした、感謝感謝です。



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4日早朝、次女からメールが届いた。
いよいよミステリーツアー当日となりました。Suicaと身分証明書だけお忘れにならないようお願い致します。かなり早いプレゼントとはなりますが、お誕生日プレゼントを楽しんでいただけると幸いです。それでは、集合時間までごゆっくりお過ごしください。



こんな企画に乗って、今頃二日酔いだろうか。
少なくとも、ナナちゃんを写して喜んでるんだろうな。
手羽先、小倉トースト、味噌カツ、そこら辺は征服可能だと思う。
いったいオレ、きっと、何してるんだろうな。




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妻の誕生日   [@Home]





今日は妻の誕生日である。
8歳年下だったから引き算すれば。
還暦までまだまだかい、頑張っとくれ。

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今日はミステリーツアー出発だから、朝。
朝食時に食べて貰うことにした。
昨日のうちに購入である。


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侍のプリン、プレミアム。
濃厚らしいので、愛情たっぷり。
(ういろう買ってくるからね)




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すでに日なたは春の気配。
仲良しこよし、ドン、仲良しがぶつかる春。
いのち短し 恋せよ乙女 春うらら



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生まれ変わるなら男性? 女性?
そんな質問をテレビでしていた。
キミは男でしょ、と妻に尋ねると、もちろん、と即答だった。
なら、オレ、女に生まれ変わらないといけない。
うふふ、女かぁー、女に生まれ変わるのかぁ、ま、いっか。




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わからないこと   [@Home]





        わからないことがある。
        そして教えて貰えないまま、永遠の謎となる。
        そういう説明のつかないことを、しでかす親、か。



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        姉が小学校に入るまで、私たち家族は千里丘で4人暮らしだったと思う。
        2つ年上の姉が小学校に上がるとき、姉だけ大阪市内の住吉区に移った。
        4歳の私と、6歳の姉は泣いて、「何でやろうね」と言い合った記憶だけある。
        私は一人っ子となり、両親と、千里丘の鉄道官舎に住む。



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        姉は祖父母と3人で、住吉の家で過ごしていた。
        私は毎週土曜の午後から母と大阪駅まで出て、父と合流し住吉に行く。
        日曜の夜、「ポパイ」を見終わったら、両親と千里丘に帰るのだ。
        そんな生活は、姉が小学6年生の3学期まで、6年近く続いた。



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        おそらく私は姉に迷惑を掛け、世話になりっぱなしなのだろう。
        しかし、18には高校を中退し、大阪を出た私には、姉弟の感触が乏しい。
        どういう理由で、学童期の大事な時期を、別々に過ごさねばならなかったのか。
        接点が乏しい。

        どうしてそういう別居が必要だったか、尋ねても怒っただけの父は、もういない。
        母に尋ねても不機嫌になるだけである。
        それでいて、「姉弟仲良くして欲しい」と、言える神経が理解できない。

        なぜ。
        説明する義務を放棄したまま彼らが消えていく。
        屈折した人格の、一丁アガリである。
        ただ、わが子との時間は大切にしようとする人間には、なれたのかな。





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お父さんを努力する   [@Home]





           断捨離の進まない理由は、物を捨てる作業の難しさ。
           物に思い込みがあったり思い出があったり。
           しかしやがて遺族が迷惑するのだから、捨てる捨てる。



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           書類の間からスプラッシュ・マウンテンでの写真が出てきた。
           1996年8月9日18時14分とあり、20年も前の物だ。
           デイブと長女と次女が叫び、三女は乳母車に乗って、ママと待機中。


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           その三女が今日帰ってくるので、チチは嬉しい。
           今日、鹿児島のアパートを引き払い、まずは札幌に帰ってくる。
           格安引っ越し便で、荷物が筑波に行くのはまだ未定。



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           三女は札幌でむかし通ったスクールに甘えて、明日から泳ぎ込み。
           今月の中旬に、やっと細々の引退レースを泳ぎ、翌日から中国へ。
           上海だったかの留学生の実家へ遊びに行く。



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           上海の友だちは、3月に札幌に遊びに来るし。
           また、4月から大学院で一緒だし。
           そういう変動相場制だけど、今日から暫く札幌で家族3人、うれし。

           お父さんは良い子にしていようと思う。
           聞き分けの良いお父さん。
           やさしげなだけかも知れないけれど、努力して良いお父さんを演じる。




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空中ブランコ   [@Home]





        先日、BS世界のドキュメントで、世界の大都市の屋上をシリーズしていた。
        「摩天楼の上に広がる“異空間” NY」では、空中ブランコ教室の紹介があった。
        何でこんな高いところで、空中ブランコの教室やねん、と思った。
        すると妻が、やりたいなぁ、と思わず言い出したのだ。

        昨日TVで、お笑い芸人がイタリアのサーカスで空中ブランコに挑戦していた。
        10日間の特訓後、実際にサーカスで空中ブランコを実演していた。
        ホンマにやりたいの?、つい妻に尋ねたら、うん、と彼女は言う。
        彼女の夢を叶えたためしがないオレ、NYの屋上に行くかな。




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        ご近所の幼稚園、庭に大きな雪山を造り、ゲレンデに加工していた。
        叫声も上がるけれど、寒くてどの家も二重窓を閉める、騒音ではない。
        いわゆる、無茶苦茶な、コーフン状態である。


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        段ボール紙を重ね、10㎏の米袋に入れると、ソリが出来上がる。
        うちの娘たちもこうして遊んでいた。
        妻はガキ大将の少女時代、江戸川の土手を段ボール紙で滑っていたという。




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        何と言う価格破壊だろうか。
        税込み150円で買いの、北海道を代表する餃子が、何と100円。
        3つ仕入れてきた。
        やっぱり「みよしの」の餃子、この安さなら奪ってでも買う。


        数学大好きで、鉄棒が得意だったと言う妻。
        運動も好きだけど、もっと遊びが好き、と言う妻。
        みよしのの餃子で許して。
        ・・・誰か、うちの妻に、空中ブランコをさせてやって下さい。
        
        



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濃い3日間   [@Home]





        実に孝行な娘たちであるな。
        三人で割る負担に比べると、一人っ子ならキツイよね。
        負担の重圧を考えると、年金制度は破綻すると考えるのが妥当だな。

        子どもたちからプレゼントされたリゾート1泊2日。
        スイートルームの広さに喜びながら、しばし妻と語った。
        学生2人に社会人で支えるその思いを考える親だった。



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        カードには、冷蔵庫にウェルカムスイーツがあると書かれていた。
        こんなに食べられないよと言いながらも、結局は、到着時完食。
        スポンジもしっとり上品、クリームも控えめな甘さ、とても美味しかった。



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        漢方のチカラで、夜中にトイレで起きることはなくなった。
        しかし、久々に泳ぎすぎて、おじさんは夜中と未明に2度足をつる。
        日々老いていたことを忘れていた、昔のようには行かない。



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        次女の企画だから、ホテルに全てが細かく指示されていた。
        夕食も、私が十勝和牛、妻が海鮮の鉄板焼きだった。
        シシャモも鵡川産の本物で、雄と雌の1対、これは写させて貰った。



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        おじさんはワインで酔っちゃった。
        夕張メロンシャーベットも、半分しか食べられなかった。
        そう言えばオレたち結婚したんだったねと、情熱大陸の夜。



        女の子と出会って心がときめき、揺れが生じ、それを恋と呼ぶのだろう。
        心の中の波をたくさん経験してきたけれど。
        妻と出会った時は稲妻に撃たれ電撃が走り、津波を感じたものだった。

        そんな運命的な出会い、猛烈な争奪戦、強奪。
        マンガみたいな、それでいて幸せな人生を娘たちも経験するだろうか。
        いつも願うことは家族の健康と幸せ。



        12月6日、我が家の結婚記念日
        12月7日、拙宅の三女の誕生日
        12月8日、トラ・トラ・トラと、我が家の暦は濃い3日間である。



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