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友人がひとり消えていた   [ひと]




ムムリクが死んだらしい。


絶対恩師が亡くなった時、そばで看病していた友人。

絵描きのムムリクが死んだって。


去年と今年、年賀状来なかったよな。

私より若い、まだ還暦にも満たないはずだ。

驚きだった。



よそ様のブログに
アーティスト ムムリクさんが今朝亡くなられました。
    (2015年01月21日 | 船橋社中)


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我が絶対恩師が一番のお気に入りだったらしい絵。
ムムリクに初めて会ったのは、上迷の杉並のマンション。
始めは、上迷の身内の人かと思った人。

家族で交流したし、娘も、世話になっていた。
フランスの新聞社が取材に来たとき、長女は通訳をしたはず。
うーん、大切な人がどんどん消えていく。


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絶対恩師の通夜、枕元でムムリクはスケッチしていた。
恩師が亡くなって5年目、その命日に。
大事なムムリクの死を知るなんて、重いなぁ。


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チャックさま

上迷は、本当にチャックの事が好きだったよ。
会った時、チャックがさあ。って、2人で笑ったんだ。
頭の後ろに手を組んで、笑いながらコロッと横になって。

それぞれ個々に、きっと付き合いは違うのだろうと思います。

けれども、彼が貴方を好きだった事だけは確信できます。
チャックは一生上迷に愛される。
うまく言えませんが、彼は生ききった、と思います。
あの人物の特別な感じは、実際会って。
しかも感じるひとじゃないと通じないだろうな……。

上迷が 石川淳の「白描」を 読みなよ。って、言って来た事があって。
これのアルプスの少女ハイジで、盛り上がった事があります。
天上からの光はいつも、この世に存在している。
自分の窓さえしっかり開けていれば感じる。
そして その光を受けて生きて行く。
ひとりひとりが、とてつもない応援団を、自分次第で持てると言う話でした。

マジなつきあいは、同じくらい楽しくってきついよね!

ま、さ! 私はチャックの家族が大好き!
上迷が会わせてくれた、プレゼントだな。と、思っています。

これからも、よろしく!

上迷はすっかり!綺麗に死んでました。
それでいいんだ。上迷よ。 貴方と会って良かった。と、
私は思っています。

                      ムムリク


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2012年12月、自分の結婚記念日の祝いに買った。
三女が犬好きだから、激励の意味も込めて。
結婚記念日の翌日に生まれてきた三女だから。

来年、戌年だから年賀状に使うかなって、思ったのに。
ちょっと参ったな。
親、友人、恩師、どんどん消えていくのは、残酷だな。
グリーン・マイルの刑だな。

縁だと思う不思議さは、彼女が市川霊園に眠ったと言うこと。
妻の実家もここに墓地を構えていた。
不思議な縁って、意識しすぎかな。




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ハロウィンとマンさん   [ひと]





知り合いに、マンゼール・ケン という人がいる。
名前が長いので、マンさんと呼んでいる。
身長192㎝の彼が私と話すとき、あてつけではないが少しかがみこむ。
柔和で温厚で非暴力の男だ。



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マンさんはバプテスト派の牧師さんだが、彼と出会ったころのこと。
日本でも、ハロウィンを仮装行列の一環として楽しむようになっていた。
しかし彼は、あれは悪魔の祭典だ、悪魔崇拝儀式だと忌避する。
彼の口調が厳しくて、これは宗教の問題だなと、ずるいオレは踊らないことにした。





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日本ではもう、10月末になるとハロウィン騒ぎが当たり前になっている。
ディズニーやUSJ では、仮装行列を楽しんでいるのだろうな。
ただ、戦争の多くが宗教がらみだから、飛びつかないようにしている。
マンさんが、悪魔に魂を売ったかと、怒ると怖いので、参加はしない。





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北海道の高校で郡部に行くと、学校祭では必ず仮装行列をする。
町の人たちも仮装行列を楽しみにしていて、大人の仮装もある。
きっとそれが楽しみなんだろう、そこに宗教はない。
女装癖はないが、宗教から距離を置くなら、好んで女装もやっていた。





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今年もマンさんの教えを守って、ハロウィンには参加していない。
この宗教儀式では、11月1日が新年にあたる。
その前日に当たる10月31日は、彼らにとっては聖なる日なのだ。
聖なる日に、生け贄を求めるのだけど、オレは生け贄はイヤだからね。




お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ!

やれるもんならやってみろ

南無阿弥陀仏  般若心経





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祝杯をあげた   [ひと]





昨日、プロ野球のドラフト会議があった。
日本ハムは予定通り、早稲田実業の清宮幸太郎クンの交渉権を獲得した。
大谷クンが出ていく後を、人気面で埋めてもらう。

新庄に始まり、ダルビッシュも、斎藤君も大谷クンも獲得した日ハム。
地方都市ではあるが、食べ物が美味いし、清宮クンには是非、入団してもらいたい。
2軍監督には荒木大輔さん、寮長にも先輩の斎藤祐君と早実の先輩がいる。

大リーグに行くなら、日ハムで育ってからにしよう。
大谷クンが去る喪失感を、清宮クンで埋めたい私たち道民。
ジンギスカンのタレのCM にぴったりだし、地方のCMでも活躍してもらおう。






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札幌農学校 第2農場

これは 「釜場 (家畜の餌を作る施設)」 (重要文化財)。
上の窓が牛の顔に見えはしないか。
こういう建築遺産、清宮クンは人気者過ぎて、見て歩くことは出来ないだろうな。

早朝のランニングには最適の北大構内。
オレ、自転車で伴走してもイイけどな。
とにもかくにも、嬉しい話だ、あっぱれ!!




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Benjamin がやってきて飲む   [ひと]




長女が、独逸の大学院で同じ研究室の青年を2月に連れてきた。
現在は東大の大学院で博士課程の論文執筆中。
よく飲むし、同じく、いやそれ以上のサッカーファンだから、オレ、友だち。

日本では柏のサポーターになって、応援遠征をしている。
この前の土曜日に、コンサドーレ札幌との試合があり、やってきた。
14位の札幌が、3位の柏に、3-0で勝たせて貰ったが、うしし。


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ちょうどハーフタイムの時、柏の応援席が映った。
きっと、you だから目立つかなって思ってたら。
あーっ、って声が出てしまった。

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ベンヤミンさん、本気のサポーターですね。
彼女も同伴だけど、彼女は小樽観光です。
柏の熱血応援団は、女人禁制の応援チームだそうです。


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翌日、飲もうぜって、拙宅にて飲み会。
自分用の、柏の応援旗を、ドイツで作って持って来ています。
負けたベンヤミンを、妻の特製お鍋で、おもてなしでした。


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彼女は大手企業にお勤めで、ご自宅の向かいが、何とか部屋。
横綱の鶴竜が所属する部屋で、ちゃんこ鍋などご馳走になるらしい。
で、ベンヤミンも遊びに行って稽古を見て、写真を撮っているぜ。


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彼のために用意したのは、独逸の白ワイン。
イタリアの赤ワインは、5時間前に抜栓して馴染ませておいた。
ベンヤミンは、ドイツ人だから、ビール(クラシック)を飲みまくりもしましたが。

朋あり遠方より来る、また楽しからずや。
飲むのは楽しいが、いずれ、ブンデスリーガ観戦すると、約束させられた。
サッカー観戦で騒ぎ、ビール、ソーセージ、ポテト、そしてワインも。
元気の出る、若い若い友だちであるなぁ。




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足利育子先生が亡くなった   [ひと]





いつにも増して今日は個人的な話



足利生子先生が亡くなった。

いくこ先生 82歳 

いつも笑顔の足利先生には、とても可愛がって貰った。



今日 10日に告別式だが

大阪に居るから札幌の斎場には行けない

お花を送り 少しだけ思いを語る



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いつでも笑顔の足利先生だった

典型的な女子校の体育先生だった

典型的というのは日本人としての心意気


苦労を抱えても人には見せず

いつでも笑顔で接してくれた

生徒たちには厳しい面も見せるが

生徒たちには優しさをもって接していた


次女も三女もお世話になった

水泳部の顧問として敗戦にも支えてくれた

授業ではスキーも教わり上達した

感謝である



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いつでも積極的に雑務をこなす人だった

70代終盤にも水泳大会の会場係で動き回る

70代でもスキー授業には顔を出す上級指導員


道内の多くの先生方がスキーでお世話になっている

本当は体操の先生で 体操での教え子も多い

生涯現役 一教師



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退職後も講師として教育、指導に携わり、鑑でした。

黙々と働く現場人間を、出会ってから心がけました。

いつかは終わることを知っているのだけど、残念です。

またもういちど、コーヒー飲みながら昔話を聞きたかったな。


ご冥福を祈ります。



そして今日は母の四十九日の法要。

好きな女性が消えていく。

つらいなって思うのです。





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益二郎と洪庵   [ひと]





7月に、母を訪問したとき、話題になった場所を確認してきた。
7月24日のことである。


私が小さかった頃、小学4年生まで、よく週末に母と一緒に祖父母宅へ移動した。
なぜかは知らないが、姉は、祖父母と一緒に、住吉に住んでいた。
私は両親と一緒に千里丘の鉄道官舎に住み、一人っ子だった。

なぜそういう育て方をしたのか、結局は教えてもらえなかったが。
そして、姉との、子どもの頃の、日常の思い出がほとんどない。
逆に、小学生の6年間、姉は、両親との日常的な思い出がない。

考えてみれば、子どもにとっては罪な話だが、両親は理由を答えなかった。
小学校低学年の頃、土曜日は昼になると母が学校へ迎えに来た。
友だちと遊べないのはイヤだったが、母と一緒に住吉へ行く。

大阪駅から市バスに乗るが、目的地は住吉車庫。
我孫子行きなら途中下車、住吉車庫ならそのまま。
バス停の近くに祖父母の家があった。



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母と乗ったバスで右に見ていた大きな碑、あれ何やったろな、さあ、わからへん。
「兵部大輔大村益次郎卿殉難報國之碑」
大阪医療センターの東門近くの角にあった。

大村益次郎、長女が司馬遼太郎作品でイチオシだった「花神」の主人公。
こういう木訥な御仁、「花神」を読むまでは、歴史教科書の人物でしかなかった。
ただ、母は緒方洪庵に関する知識はあったから、へー、そうかと答える。




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刺客に襲われた大村益次郎は、足を切断することになる。
切り取った足は、緒方洪庵先生のそばに埋めてくれと願う。
益二郎の足塚は、激烈な恩師への慕情なのか。


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すぐ隣には緒方洪庵夫妻の墓。
檀家ではないのだが、お参りをさせて貰った。
と、そういう話を、聞くのが好きな母親だった。


信心深いのか、歴史好きなのか、理由は分からない。
終末を迎える人に、なぜなのかと聞くことはできないオッサン。
好きと言われたらせっせと、気になると言われたらコツコツ調べて歩く。

ちょっと面倒くさかったけれど、楽しくもあった。
花の撮影は終わってしまった。
母の居ない生活も始まっている。


母に何か面白い話をしたかったのだが、何だったか。
それは良い話だったはずだから、思い出そうとしているが、詳細が出てこない。
人生の、次の停留所まで、もう暫く、ボンヤリしているオレ。



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あーあ   [ひと]






残暑猛攻の大阪はイヤなんだけどねぇ



こればっかりは仕方がない



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乙女座のオッサン

今月いっぱいブログを休憩

まあ

おふくろと

時間を過ごせると

いいなぁ



でもねぇ

これだけは

年も年だし

重い足取りで大阪入りかな





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(デュエット /北大植物園)



ダメかな





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キレるって   [ひと]





お写ん歩、近所のヒマワリを写したのだけど。
きっとオレ、見るからに怪しいおっさんだろうな。
ちゃんとネクタイして写した方がイイかしら。
今のところ、通報はされていないんだけどね。


ヒマワリの写真を掲載はするけれど、「キレる」話。
足立sunnyさんの話。




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足立sunny さんは良い人です。
彼は、カワセミの写真をA4サイズに焼いて、私にくれました。
母のベッドサイドと、部屋の壁に貼っていて、母は大いに喜んでいます。
足立sunny さんは良い人です。





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しかし彼のブログを読んで、ムッとしながら、考え込んでしまいました。
無断で、コピペします。
本日、近所のスーパーで、トウモロコシの皮の野菜ごみをそのまま床にぽいぽい捨てているおじいさん人がいたので「用意してあるくず入れ」に入れるよう注意したところ、逆切れされまして、1回蹴られ3発殴られ、あまりに頭に来ましたので平手で1発顔を張りましたら、今度はあごに1発、おまけに抱えて投げ飛ばされました(なんかすごく強い人)。わき腹がまだ強烈に痛いのですね。





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マナー違反を注意して、ボコボコにされています。
警察は、平手一発に、ケンカ両成敗と言う。
正義へのバックアップがない公僕、と思いました。
あるいは、店舗側の対応も釈然としない。




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足立sunnyさんが良い人だと知っているから、ムッとしているのだと思います。
暴力で解決する輩を、退治する力は持ち合わせておりません。
ただ、マットウな行為をする者だけが痛みを覚える社会に、ムッとしています。
私には注意する勇気もなく、無力な人間ですが、憤っているのでした。




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男の年配者、おそらく、かなりマナーが低下してるんだろうな。
何様でもないのに、むかしエラかった記憶だけ引き摺っているんだろうな。
それでいて、必要とされていないもどかしさ、発火点を低くしているんだろうな。

私が、あまり人混みが好きでないのは、キレやすい男子老人が多いからだと思う。
蹴られた足立sunnyさんを思うと無念で、ムッとしています。
護身術を身につけるか、武器を携行するかだな。




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你好 ルイちゃん家族 4   [ひと]




子育てのために家を買った。
すでに17年か、18年。
娘たちには、良い環境を作れたのだろう。
世界に出ることを、恐れなくなったから。


たくさんの「外人」が遊びに来たし、たくさんの留学生を受け入れ、姉妹都市の人たちのホーム・ステイの受け入れをしてきた。3日間とか数週間、3ヶ月、長いと1年。アメリカが最も多かったが、カナダ、イギリス、韓国、ベトナム、インドネシア、カンボジア、ロシア、フランス、オーストラリア、ドイツなどと、小さいながらも国際交流を積むことが出来た。


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初めて迎え入れた中国の方たち。
ルイちゃんと、ご両親。
持参した、最高級のお茶。
実演の最中。



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定番のたこ焼きは大いに楽しんでくれた。
ガイジンは皆、やりたがってくれる。
引っ込み思案の私は、飲むだけだが。
お父さんは楽しんでいた。



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母上も参加し、喜んでくれる。
通訳のルイちゃんは、食べる時間なし。
長女がいつもそうだったかな。
通訳を入れての交流、時間がかかる。

5時間あまりの宴、楽しかった。

ルイちゃんは、文化大革命を知らない。ご両親は経験し、大変だったと言っている。私は、「造反有理」と紙に書き、見せるとご両親は、そうだそうだと、パパさんは知っていると言う。そして、ルイちゃんに、自国の歴史を勉強しなさいと、高飛車に出る。

映画の話になり、東京に3頭の馬を連れて、と言われたから、「高倉健でしょ」と正解してあげる。健さんは我々世代の中国人に人気がある。『君よ憤怒の河を渉れ』の話。 『サンダカン八番娼館』は、なかなか辿り着けなかった。それでも筆談に活路を見出したのは、「嶺上開花」と書いたとき。

何だか知らないうちに、2020年東京大会の前に、2019年上海大会をしようということになった。麻雀である。ご両親も好きそうで、我々は、ボケ防止に始めようかと言ってた所である。・・・と、麻雀の自学自習を始めることになる。何となく楽しみが生まれたのである。



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你好 ルイちゃん家族   [ひと]




初めてのことに戸惑う。
中国からゲストがやって来た。
空港で緊張して出迎える。


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先月、三女が引退レースの翌日から10日ほど、上海の友人宅へ遊びに行った。 ルイちゃんち、と気易く言って良いものかどうか分からないが、三女の大学に留学していたルイちゃんのお世話係として、娘は一年間付き合ったのだった。



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一人っ子政策の一人っ子で、ご両親は娘さんを大切にしているようで、お世話係の三女に感謝してくれて、遊びにおいでと誘ってくれていた。現役選手も終え、卒論も終えた三女は、僅かばかりの自由を手に、遊びに行ったのだった。



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中国の横暴ぶりや、一党独裁ぶりは周知で、どことなくマイナスのイメージがあるけれど、個人段階では武力衝突もなかろうと、積極的に交流するぞと決めていた。だから、ちゃんとおもてなしをするし、友好的交流を重ねようと思った。ニーハオも、ウェルカムだ。



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上海からの直行便は10分遅れで到着した。ルイちゃん、ご両親、伯父さん夫妻、5人が出てきたとき、その素朴な笑顔に「良い人」を直感した。ただ、言葉が通じない、あまり英語の通じない中、ルイちゃんを通訳に、日中国交回復である。否、初の、中国人体験である。



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三女が、日産セレナ-ハイウェイスターを三日間レンタカーで借り、パパは無料で雇われ運転手のご奉仕。本日より5日あまり、私の日中交流を記すことにする。 良い人を受け入れると、心が軽くなり、嬉しいものである。そして彼らは、自分たちが上海の人間だと言い、なるほど、ウルサイ中国人とは一線を画していた。・・・ような。




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