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お年玉くじ   [ひと]




年賀状のお年玉くじのチェックをした。
意外に当たる年も、外れる年もあり、面白い。
ただ、当たっても使ってオシマイだけど。

一枚ずつチェックしながら、恩師の賀状は背筋を伸ばして読み直す。
未だにオレって期待されてるんだって、襟を正す。
幾つになっても、激励や褒め言葉は嬉しい。




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当選番号を確認しながら、何枚か面白いのを見つけて、笑った。
函館のサッカー部時代の教え子からのは、ちょっと笑った。
曰く、
 去年の夏、息子と熱い握手をしていただき、ありがとうございました。長男は強化指定選手に選ばれ、次男も全国のメダルを狙って奮闘中です。(中略)tommy 先生からかけられた言葉、『もっと狂え!』を胸に、親子で燃える所存です。



そんなこと言ったっけ、と思う。
そしてそのシーンを思い出しながら、オレなら言うなと理解した。
おそらく、彼らは、私の意を汲んで、精進するのであろう。

ちょっと変なオッサンだけど、凡人並みに、影響を恥じる。
しかし彼らが、勇気を出して前進出来るように、オレも精進だな。
オレも精進、明日からな。

そう言えば、次女が、RIZAP(ライザップ)に通い始めたようだ。
市川から帰った妻に教えられた。
ストイックに追い込むのが好きな娘だが、宣伝にでも出るのかな。




ファイト!






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Himさんの鬱の回復を期待している   [ひと]




鉄人Himさんが、鬱だってよ。
そんなことを聞き、調査をするも、完全に遮断されていて、側近の又聞き。
一昨年12月下旬、出張の東京から帰り、様子がおかしいので病院へ。そこで鬱病と分かりすぐ入院。全く食欲がなく、そのうち点滴。痩せてしまった。誰にも会いたくないと言うこと。 それから半年、昨年6月。栄養剤を管で胃へという状態。とても会える状態ではなく、身体的にも良くないのではないか。何もできない状態。




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Himさんは65歳になったと思う。
じっくり休養すれば良いのだと思う。
しかし、食べていない生活を思うと、深刻である。

さて、どうすればいいのか。
どう対処すれば良いのか。
激励は禁物と聞くが、回復を待つだけなのだろうか。




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入院先を突き止めて、掃除係の格好をして潜入してみようか。
余計な刺激は禁物なんだろうか。
ガス抜きばかりしている私は、ズルイ、かな。

北海道を離れる前に、「やあ」って、会いに行きたいが。
会わない方が良いのだろうか。
教え子の女医たちを集めて、レクチャーを受けるかな。

うん、そうしよう。
それしか、出来ることがないよな。
鉄人のHimさんに、鬱は似合わない。




ファイト!






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展開が好きなんだが   [ひと]




知人よりメール来たる、在り。
 葉書受領。Himさんは、一昨年の入院でした。誰にも会わないとのことで面会謝絶中。何もしてやれない。委細は手紙で。



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Himさんのポジションはスクラムハーフだった。
私より小さく華奢だが、ボールを持つと突っ込んでいくのが好きだった。
つかまるのを楽しんでいるのだけど、走りたい私は、早く展開して欲しかった。




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過激で、攻撃的で、理詰めの HImさん。
何でも解決マンだったけど、1年以上も鬱で入院とは。
これは大変だなと、気持ち、深刻である。




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自分の目の前のことで今は精一杯。
そして、北海道脱出も決め、動き始めた。
予想以上に忙しくなってしまった。

まずは自分が、健康診断を受けに行かなくっちゃ。
幾つか引っかかるだろうけど、この際、仕方がない。
Himさんの雪融けを待つしか、会う方法もなさそうだし。

私自身も精神的に追い込まれていくのが怖い。
趣味の写真で、気分転換。
趣味の入り口か、まだ。




ファイト!






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Himさんが鬱を発症する   [ひと]




昨日の朝は気がつけば大雪で車が埋まっていた。
早朝の除雪も婦唱夫随で、解決した。
午後からは快晴となるも、良からぬ報せを受け取る。


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Himさんと呼んでいる、先輩が居る。
2つ年上だが、元同僚でガンガン鍛えられた。
高いところから物を言い、決めつけ押し込むので、敵も多かった。





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それでも「改革」への馬力が凄い教師で、彼にはなぜか可愛がられた。
やがて管理職になり、その道へ誘われたが、丁重に断った。
彼は校長で定年を迎え、天下って、私立で校長をしていたはずだ。





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その、ブルドーザーのような男が、昨年末に入院したと聞く。
鬱病になったらしく、あの彼がと、驚きである。
三女も、当番校長として、賞状を渡されたりしている。





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私自身も、再再就職先が見つからず、凹んだこともある。
自己推薦文を書いて、何もない自分が情けなく思うこともあった。
日曜体育館の管理者面接で落ちた時も凹んだ。

マイナスの状態を、少しでも、良い方向へと考えるようにもした。
凹みすぎて、精神を病まないように、前を向き続けた。
しかし、再就職で安定しているHimさんが、今さら鬱になってしまうなんて。

鬱病に激励は良くないと聞く。
ラグビーの教育大OBチームに誘ってくれて、14番を任せてくれた。
小うるさい男だったけど、時間を作って会いに行くかな。

やっぱり仲間が病とあらば、会いに行くかな。
来月の、再再就職試験が終わって、受かれば、自分へのご褒美で、旅だ。
会いに行って、試合後のように、腰を指圧してやるかな。

心配の種は摘んでおきたいからね。
私も自分のことを自分で処理して、前へ。
明大ラグビー1点差に泣くが、前へ。

Himさんにも前を向いてもらおう。
オレの気色悪い笑顔で、話を聞いてやろうじゃないか。




ファイト!








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友人がひとり消えていた   [ひと]




ムムリクが死んだらしい。


絶対恩師が亡くなった時、そばで看病していた友人。

絵描きのムムリクが死んだって。


去年と今年、年賀状来なかったよな。

私より若い、まだ還暦にも満たないはずだ。

驚きだった。



よそ様のブログに
アーティスト ムムリクさんが今朝亡くなられました。
    (2015年01月21日 | 船橋社中)


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我が絶対恩師が一番のお気に入りだったらしい絵。
ムムリクに初めて会ったのは、上迷の杉並のマンション。
始めは、上迷の身内の人かと思った人。

家族で交流したし、娘も、世話になっていた。
フランスの新聞社が取材に来たとき、長女は通訳をしたはず。
うーん、大切な人がどんどん消えていく。


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絶対恩師の通夜、枕元でムムリクはスケッチしていた。
恩師が亡くなって5年目、その命日に。
大事なムムリクの死を知るなんて、重いなぁ。


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チャックさま

上迷は、本当にチャックの事が好きだったよ。
会った時、チャックがさあ。って、2人で笑ったんだ。
頭の後ろに手を組んで、笑いながらコロッと横になって。

それぞれ個々に、きっと付き合いは違うのだろうと思います。

けれども、彼が貴方を好きだった事だけは確信できます。
チャックは一生上迷に愛される。
うまく言えませんが、彼は生ききった、と思います。
あの人物の特別な感じは、実際会って。
しかも感じるひとじゃないと通じないだろうな……。

上迷が 石川淳の「白描」を 読みなよ。って、言って来た事があって。
これのアルプスの少女ハイジで、盛り上がった事があります。
天上からの光はいつも、この世に存在している。
自分の窓さえしっかり開けていれば感じる。
そして その光を受けて生きて行く。
ひとりひとりが、とてつもない応援団を、自分次第で持てると言う話でした。

マジなつきあいは、同じくらい楽しくってきついよね!

ま、さ! 私はチャックの家族が大好き!
上迷が会わせてくれた、プレゼントだな。と、思っています。

これからも、よろしく!

上迷はすっかり!綺麗に死んでました。
それでいいんだ。上迷よ。 貴方と会って良かった。と、
私は思っています。

                      ムムリク


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2012年12月、自分の結婚記念日の祝いに買った。
三女が犬好きだから、激励の意味も込めて。
結婚記念日の翌日に生まれてきた三女だから。

来年、戌年だから年賀状に使うかなって、思ったのに。
ちょっと参ったな。
親、友人、恩師、どんどん消えていくのは、残酷だな。
グリーン・マイルの刑だな。

縁だと思う不思議さは、彼女が市川霊園に眠ったと言うこと。
妻の実家もここに墓地を構えていた。
不思議な縁って、意識しすぎかな。




ファイト!






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ハロウィンとマンさん   [ひと]





知り合いに、マンゼール・ケン という人がいる。
名前が長いので、マンさんと呼んでいる。
身長192㎝の彼が私と話すとき、あてつけではないが少しかがみこむ。
柔和で温厚で非暴力の男だ。



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マンさんはバプテスト派の牧師さんだが、彼と出会ったころのこと。
日本でも、ハロウィンを仮装行列の一環として楽しむようになっていた。
しかし彼は、あれは悪魔の祭典だ、悪魔崇拝儀式だと忌避する。
彼の口調が厳しくて、これは宗教の問題だなと、ずるいオレは踊らないことにした。





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日本ではもう、10月末になるとハロウィン騒ぎが当たり前になっている。
ディズニーやUSJ では、仮装行列を楽しんでいるのだろうな。
ただ、戦争の多くが宗教がらみだから、飛びつかないようにしている。
マンさんが、悪魔に魂を売ったかと、怒ると怖いので、参加はしない。





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北海道の高校で郡部に行くと、学校祭では必ず仮装行列をする。
町の人たちも仮装行列を楽しみにしていて、大人の仮装もある。
きっとそれが楽しみなんだろう、そこに宗教はない。
女装癖はないが、宗教から距離を置くなら、好んで女装もやっていた。





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今年もマンさんの教えを守って、ハロウィンには参加していない。
この宗教儀式では、11月1日が新年にあたる。
その前日に当たる10月31日は、彼らにとっては聖なる日なのだ。
聖なる日に、生け贄を求めるのだけど、オレは生け贄はイヤだからね。




お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ!

やれるもんならやってみろ

南無阿弥陀仏  般若心経





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祝杯をあげた   [ひと]





昨日、プロ野球のドラフト会議があった。
日本ハムは予定通り、早稲田実業の清宮幸太郎クンの交渉権を獲得した。
大谷クンが出ていく後を、人気面で埋めてもらう。

新庄に始まり、ダルビッシュも、斎藤君も大谷クンも獲得した日ハム。
地方都市ではあるが、食べ物が美味いし、清宮クンには是非、入団してもらいたい。
2軍監督には荒木大輔さん、寮長にも先輩の斎藤祐君と早実の先輩がいる。

大リーグに行くなら、日ハムで育ってからにしよう。
大谷クンが去る喪失感を、清宮クンで埋めたい私たち道民。
ジンギスカンのタレのCM にぴったりだし、地方のCMでも活躍してもらおう。






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札幌農学校 第2農場

これは 「釜場 (家畜の餌を作る施設)」 (重要文化財)。
上の窓が牛の顔に見えはしないか。
こういう建築遺産、清宮クンは人気者過ぎて、見て歩くことは出来ないだろうな。

早朝のランニングには最適の北大構内。
オレ、自転車で伴走してもイイけどな。
とにもかくにも、嬉しい話だ、あっぱれ!!




ファイト!







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Benjamin がやってきて飲む   [ひと]




長女が、独逸の大学院で同じ研究室の青年を2月に連れてきた。
現在は東大の大学院で博士課程の論文執筆中。
よく飲むし、同じく、いやそれ以上のサッカーファンだから、オレ、友だち。

日本では柏のサポーターになって、応援遠征をしている。
この前の土曜日に、コンサドーレ札幌との試合があり、やってきた。
14位の札幌が、3位の柏に、3-0で勝たせて貰ったが、うしし。


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ちょうどハーフタイムの時、柏の応援席が映った。
きっと、you だから目立つかなって思ってたら。
あーっ、って声が出てしまった。

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ベンヤミンさん、本気のサポーターですね。
彼女も同伴だけど、彼女は小樽観光です。
柏の熱血応援団は、女人禁制の応援チームだそうです。


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翌日、飲もうぜって、拙宅にて飲み会。
自分用の、柏の応援旗を、ドイツで作って持って来ています。
負けたベンヤミンを、妻の特製お鍋で、おもてなしでした。


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彼女は大手企業にお勤めで、ご自宅の向かいが、何とか部屋。
横綱の鶴竜が所属する部屋で、ちゃんこ鍋などご馳走になるらしい。
で、ベンヤミンも遊びに行って稽古を見て、写真を撮っているぜ。


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彼のために用意したのは、独逸の白ワイン。
イタリアの赤ワインは、5時間前に抜栓して馴染ませておいた。
ベンヤミンは、ドイツ人だから、ビール(クラシック)を飲みまくりもしましたが。

朋あり遠方より来る、また楽しからずや。
飲むのは楽しいが、いずれ、ブンデスリーガ観戦すると、約束させられた。
サッカー観戦で騒ぎ、ビール、ソーセージ、ポテト、そしてワインも。
元気の出る、若い若い友だちであるなぁ。




ファイト”!






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足利育子先生が亡くなった   [ひと]





いつにも増して今日は個人的な話



足利生子先生が亡くなった。

いくこ先生 82歳 

いつも笑顔の足利先生には、とても可愛がって貰った。



今日 10日に告別式だが

大阪に居るから札幌の斎場には行けない

お花を送り 少しだけ思いを語る



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いつでも笑顔の足利先生だった

典型的な女子校の体育先生だった

典型的というのは日本人としての心意気


苦労を抱えても人には見せず

いつでも笑顔で接してくれた

生徒たちには厳しい面も見せるが

生徒たちには優しさをもって接していた


次女も三女もお世話になった

水泳部の顧問として敗戦にも支えてくれた

授業ではスキーも教わり上達した

感謝である



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いつでも積極的に雑務をこなす人だった

70代終盤にも水泳大会の会場係で動き回る

70代でもスキー授業には顔を出す上級指導員


道内の多くの先生方がスキーでお世話になっている

本当は体操の先生で 体操での教え子も多い

生涯現役 一教師



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退職後も講師として教育、指導に携わり、鑑でした。

黙々と働く現場人間を、出会ってから心がけました。

いつかは終わることを知っているのだけど、残念です。

またもういちど、コーヒー飲みながら昔話を聞きたかったな。


ご冥福を祈ります。



そして今日は母の四十九日の法要。

好きな女性が消えていく。

つらいなって思うのです。





ファイト!






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益二郎と洪庵   [ひと]





7月に、母を訪問したとき、話題になった場所を確認してきた。
7月24日のことである。


私が小さかった頃、小学4年生まで、よく週末に母と一緒に祖父母宅へ移動した。
なぜかは知らないが、姉は、祖父母と一緒に、住吉に住んでいた。
私は両親と一緒に千里丘の鉄道官舎に住み、一人っ子だった。

なぜそういう育て方をしたのか、結局は教えてもらえなかったが。
そして、姉との、子どもの頃の、日常の思い出がほとんどない。
逆に、小学生の6年間、姉は、両親との日常的な思い出がない。

考えてみれば、子どもにとっては罪な話だが、両親は理由を答えなかった。
小学校低学年の頃、土曜日は昼になると母が学校へ迎えに来た。
友だちと遊べないのはイヤだったが、母と一緒に住吉へ行く。

大阪駅から市バスに乗るが、目的地は住吉車庫。
我孫子行きなら途中下車、住吉車庫ならそのまま。
バス停の近くに祖父母の家があった。



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母と乗ったバスで右に見ていた大きな碑、あれ何やったろな、さあ、わからへん。
「兵部大輔大村益次郎卿殉難報國之碑」
大阪医療センターの東門近くの角にあった。

大村益次郎、長女が司馬遼太郎作品でイチオシだった「花神」の主人公。
こういう木訥な御仁、「花神」を読むまでは、歴史教科書の人物でしかなかった。
ただ、母は緒方洪庵に関する知識はあったから、へー、そうかと答える。




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刺客に襲われた大村益次郎は、足を切断することになる。
切り取った足は、緒方洪庵先生のそばに埋めてくれと願う。
益二郎の足塚は、激烈な恩師への慕情なのか。


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すぐ隣には緒方洪庵夫妻の墓。
檀家ではないのだが、お参りをさせて貰った。
と、そういう話を、聞くのが好きな母親だった。


信心深いのか、歴史好きなのか、理由は分からない。
終末を迎える人に、なぜなのかと聞くことはできないオッサン。
好きと言われたらせっせと、気になると言われたらコツコツ調べて歩く。

ちょっと面倒くさかったけれど、楽しくもあった。
花の撮影は終わってしまった。
母の居ない生活も始まっている。


母に何か面白い話をしたかったのだが、何だったか。
それは良い話だったはずだから、思い出そうとしているが、詳細が出てこない。
人生の、次の停留所まで、もう暫く、ボンヤリしているオレ。



ファイト!






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