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あと1週間   [真イカ]




定点観測していた方のブログに書き込みがなくなる。あるいは閉じられる、更新頻度が低下する、途切れてしまう。変化を機敏に受け止め対応してきた自分は、もうイナイ。秋が終わる。日が短くなる。懐古ではない青春小説を探して読む季節だろうか。元気を生み出すための変化を準備する。



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およそ8ヶ月間の、次女姫の「ほぼ一人っ子生活」も終わろうとしています。この家が娘たちの一番成長した家でした。私にも思い出深いものがありますが、前に進むためにはいずれ手放すしかありません。あと1週間、次女姫との良い思い出を作ろうと思います。そして変化に備え、私の断捨離、第三弾を本格化させます。次女姫が12月のNさんの結婚式に帰った時には、見える形で変化をさせておこうと考えています。



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ふたたび暖かさの戻る1週間だそうで、まだもう少し暖房費が節約できる。
駅舎も列車も暖房が効いて、ちょっと閉口四辺形。
笑われようが、上着を脱いで半袖シャツのおっさん、どこへ行く。


ファイト!





10年ひと昔   [真イカ]




10年も前の話。
次女が、競泳国体少年Bの北海道代表に選ばれたとき、チチは一人で舞い上がっていた。
ふるいなー。懐かしいなぁ。あっという間だった。

競泳での競技生活に終止符を打とうとしている次女、10年連続で代表に選ばれることが出来た。
おそらく、こんなにしぶとく、北海道で代表を務めた夏のアスリートは、少ないと思う。
「10年連続」は新聞にも載らない小さな北海道記録だけど、娘を誇らしく思うのだ。
9月には和歌山へ、有終の美を見届けに行こうと思っている。


初めての国体は兵庫県だった。
10月、開会式にも参加し、NHKで流された映像に、小さく映った娘を発見して舞い上がった。
いつかは終わりが来ることなど、考える余裕は全くなかった。


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2006年10月 (中3)

与えられた選手団ユニフォームや、チーム・ジャージ、チーム水着、着せ替え人形してチチ喜ぶ。
親バカの始まりだったのかも知れない。
少年B、中学3年と高校1年生。中3で、無名の娘が選ばれたのは先見の明と、発掘者に感謝。




・第61回  2006年 兵庫県   のじぎく兵庫国体
・第62回  2007年 秋田県   秋田わか杉国体
・第63回  2008年 大分県   チャレンジ!おおいた国体
・第64回  2009年 新潟県   トキめき新潟国体
・第65回  2010年 千葉県   ゆめ半島千葉国体
・第66回  2011年 山口県   おいでませ!山口国体
・第67回  2012年 岐阜県   ぎふ清流国体
・第68回  2013年 東京都   スポーツ祭東京2013
・第69回  2014年 長崎県   長崎がんばらんば国体
・第70回  2015年 和歌山県  紀の国わかやま国体




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2009年9月 (高3)

『第64回 2009年 トキめき新潟国体』では、自由形少年A50mで3位、100mで4位になった。
満員の会場で通路に座り、隣のおじさんに「あの娘うちの子」と、余計な興奮を漏らした。


私もオリンピックには行きたかった。もう目標ではなく、願望などとしか言えないレベルだけれど。あの時もっと…と言い出したらキリがない。もし、と考えることもあるけれど、もし、のない世界に生きているから仕方無いと思う。私は、ここまで、この歳、こんなタイムになってまでも、好き放題やらせてもらっていることに感謝しています。あと数ヶ月。その後はどうなるのかもどうするかもわからないけれど、パパの言う通り、フレームを決めると次に進める。就職したら楽ではないけれど、楽しみ。それを決めると、就職前にやりたいこと、やっておきたいことも色々と出てくる。世界水泳帰りで疲れた皆さんでも相手にしてもらえないし、決勝に残る、なんて最初の国体の時ぐらい遠い目標だと思う。だから、きっと最後であろう国体、理想と現実は程遠いけれど、私の今持っている力を出し切れるようにしたいと思います。決して速くはないけれど、最後まで。




チチも初心に返って応援するのだ。

勝つことではなく、全力を出し切ることを応援するのだ。

純粋に、我が子だけを見て我が子だけを応援するのだ。

親なんだから。

ファイト!



若奥様 連日のご活躍   [真イカ]




若奥様が連日のご活躍です。
若奥様は次女で、まだ、しばらく嫁ぐ予定はありませんが。
嫁ぎ先は、アラブの石油王かフランスのワイン大醸造家、などと朝から酔い残し。



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昨日のこと。
前任校の、『晩年の大親友2』夫妻が遊びに来た。
お互いのワイン「自慢」交流で、前回は彼の家でやり、今回は拙宅。
アッシーちゃんの奥方が、交互に飲めるという作戦。

泡、白、白、白、赤、赤、赤と、7本飲むことになった。
どれも双方、厳選したもので、そりゃあもう美味しかった。
晩年の大親友2と一緒に行った試飲会で調達したもので、互いが買わなかったものを提供。
妻も会話に参加型で、料理応援姫の若奥様が活躍した。




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会話も楽しくて、ワインも全て外れることなく美味しくて、料理も美味しくて、専念、専念。
出てくるたびに写そうとしていたことも忘れるほど、楽しく美味しかった。
一つだけ、事前に完成していた、「いちごのタルト」だけは、客が来る前に写していた。
それが、これだ!   

そして、この日のオアシス感に感謝である。

もちろん運動不足解消も始めるのだった。

川沿いの路をウォークマン司馬遼太郎で歩き、哲学の路に変えてやるんだ。

もっちろん、ファイト!





秋深し   [真イカ]




秋深し 秋探し どこへ行く
週末は北大構内へイチョウ鑑賞に行こう、妻は朝のジョギング、私は自転車かな。
だってカメラがあるもんと、走るのが嫌なこころを隠す。

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どこにでもある、赤。
ここにもある、秋。
しみじみと感じている余裕のない、ふがいない自分がいる。
だから赤く、ファイト!


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昨日、次女の誕生日だった。23歳になったという。
昔は、ケーキを少し与えておけば、それだけを嬉しそうに頬張っていた。
今はもう、高いトロが好きで、早くスポンサーを見つけるしかありません。

深まり行く秋に、連発しなくてはいけない、ファイト!



復活路   [真イカ]




復活と言うにはお恥ずかしい限りで。
結果が出てこなくても、そういう卑下した態度は取らない。
最終周回の鐘が鳴る。

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本当に大変な思いで生活しているのだろう。
泳ぎを模索し、安定させるための取り組みを続けた。
トレーニングは適切で万全の準備が、いつもできていた。
しかしながら、練習と、泳ぎが、上手く噛み合うことがなく、時間だけが過ぎてきた。

人は、時計掲示板に記された数字しか見ない。
思うようにいかない結果が出ても、腐ることなく、泳ぎ続けてきた。
未だに、とてつもない試練が与えられたままの娘を、いとおしく思える。
本当に大変な思いで生活しているのだろう。

それでも前向きに、娘は進むようである。
おそらく、娘は、自分で決断して、前を見て、前に進むのだと思う。
北海道選手権、二日目が終了した。
明日から7月だ。


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彼女自身の改造が、また新たに、始まるのだと思う。

Take your marks

ファイト!



復活   [真イカ]



・・・復活
長い闇の底に眠るアスリートにとって、何と輝く燦然とした言葉であることか。
正しくは応援するその者たちにとって、救いに満ちた言葉であることか。
結果は、期待に応えられないけれど、救われる言葉、「次女、復活だね」。


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次女のブログに言う
将来を恐れる者は失敗を恐れて己の活動を制限する。しかし、失敗は成長に続く唯一の機会である。まじめな失敗は、何ら恥ではない。失敗を恐れる心の中にこそ、恥辱は住む。



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模試のチェックで学校に寄ったが、予想が的中していた。
古文単語2つ、文法問題3つ、30点中10点当てているぞ。
しかも、現代語訳の問題も図星で、怖いくらいだが、生徒は忘れているのかな。
根拠のある勘が冴えるのは、復活の兆しだよ。


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Take your marks


これから、およそ1年の準備を始めるのだろう。
また、本気で応援させて貰う。
頑張る家族にファイトだ。


昔もキリリ   [真イカ]




家族の時間は少ないのだと思う。
ホンダのCMで昔、「モノより思い出」というのがあった。
グサっとくるフレーズだった。
思い出を作るために生きているわけではないけれど、思い出がないのは寂しい。

家族という一つの単位で動き、まとまっていた時期がある。
楽しかったし、面白かった。
三姉妹が背伸びして走り回っていた頃だ。


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「いつでもいっしょ」、これは殺し文句である。
しかし、自立も促さねばならないのだった。
たくさん移動し、活動し、冒険した。
やがて、スイミングスクールに家族の時間が統一された。
それはそれでいいと思っている。
応援する楽しみが生まれたからだ。


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悔しいシーズンを終えて次女も始動した。
そう言えば明日は誕生日か。
たい焼きや、焼きおにぎりが作れるホットプレートをプレゼントした。
気分転換に、お料理お料理。
20年前のクリスマスプレゼントは、ミッキーのお料理お料理だった。

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二人だけで宝塚、大阪に旅した次女と三女。
それも自立の始まりだった。
いま二人は、仲良く鹿児島のアパートで隣り同士の部屋。
2014年シーズンに向けて泳ぎ始めている。
明日に向かって、


オレも、ファイト


ストリームライン   [真イカ]


結果が伴わないときはいつでも心なしか寂しく写る。

そんな姿を見るよりはそんな姿の者がツライのだった。

夏はもうとっくに終わっている。

しかし4月の出場権をまだ得ていない。

そんな不安定を12月の大会で脱することはできるのか。


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今はまだ迷いの中で泳いでいるのだろう。

それでも希望の光はほのかにあるのだと思う。

2ヶ月足らずの時間でどこまで戻せるのだろうか。


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今はまだ7コースで泳ぐしかない。

そのストリームラインが完璧ではなくても崩れてはいない。

美しいストリームライン、チチはキミの泳ぎが好きだ。


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また、懲りずに4月の日本選手権、見に行く。

そう心に決めながらキミを送り出す準備をしている。


インカレ急接近   [真イカ]




4月の日本選手権での光景。キング北島はサービスたっぷり、ぶらさがり取材に対応していた。
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よく見るとインタビューマイク以外に、北島選手の右腕ちかくに固定マイクがあった。不思議。
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その不思議はすぐに理解。場内アナウンスなどに邪魔されないよう取材陣スピーカーがあった。
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居眠りする三女は大物で、右下に居る北島選手や世界記録を出した山口選手にドキドキしない。
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萩野選手が活躍し東洋大のコーチ二人が握手。次女の横で眠る三女は覆い被さられても熟睡。
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スポーツ貧血
スポーツ選手の貧血は、軽度の貧血が多いけれど、オーバートレーニングを続けると、より重たくなるみたいです。汗からも鉄分は出て行くし、筋トレで筋肉量を増やすことによって筋肉が鉄の需要を増やすので、その分血液に回る鉄が少なくなってしまいます。一般人であれば、食事から十分に鉄の摂取があっても、スポーツ選手の場合はそれ以上の鉄が必要になり、鉄不足状態になってしまいます。


次女のトレーニングは成功していても、4月の日本選手権は大惨敗。「泳ぎを見てもらえなかった」ことを敗因として打開策が打たれた。コミュニケーション能力を高める、より、練習を緊密に集中する。精度を上げる。

それでも6月、7月と調子は上がらず、並み以下のタイムしか出せない次女だった。

ひょんなことで、卒論用の血液データーの結果から、極度の貧血状態に陥っていることが発覚。練習しても効果が出るわけがないという、致命的で、とんでもない状態と知る。

次女はずっとずっと、まったく結果が出ないで発狂寸前だったと思う。やるだけのことはやっているのに、なぜ。 あれも試してこれも試して、結果が出ないのは、なぜ。 この「なぜ」が重くのしかかっていたのだと思う。その心労は計り知れないものだったと思う。

しかし、原因が一つ特定できたのは良かった。何の解決もできてはいないのだろうが、小さな安心を手に入れた。積み重ねてきた練習が、ずっと蓄積されないでいた。少なからず打開の手が打たれ、噛み合うかどうか。今後は全てのバランスが上手く取れれば、復活。

急激な向上はなくとも、時間をかける手が残っている。かけた時間が無駄にならない手が打てる。希望が残ったのだ。 インカレや国体が復活の舞台となれば嬉しいけれど、ここまでズタズタになってしまった娘に、これ以上キツイ無理をさせたくないという、親心もある。

インカレまであと1週間を切った。レンタルの車椅子も借りた。アキレス腱断裂から1ヶ月、まだ歩けない妻を、車椅子に乗せて、親バカで広島に乗り込む。親も必死、本人も決死の覚悟。三女はノンビリまだ1年生。

上昇気流を生む



完敗・惨敗   [真イカ]

ひっそりと日本選手権は終了していました。


完敗、惨敗。

過去最大の敗北に、我が応援に意味はあり、裏方応援でした。

次女にとっては、このままではいけないと、身をもって学びました。

人生に直面し、遅すぎる就活が始まるのでしょうか。


かと言って、次女が今日まで取り組んだ姿勢に、一点の汚れもないのは確か。

良い流れを手に入れた時にこそ、復活を見せるのかも知れません。

そんな次女を見ていて、三女も何かを学んでくれたように思います。


今回の一件は、指導者をも苦しめました。

そのことが、私にとってはいちばんつらいことです。

しかし、生まれ変わる大きなチャンスを手に入れたのは事実です。


トレーニング(身体造り)を担当していた指導者に情報が入らなかった。

すべての問題はここでした。

コミュニケーション不足だけで片付けてはいけなかったこと。

次女自身がコネクターとしての役割ができていなかった。

小さな小さなことが、実は『大計画』を無茶苦茶にしてしまっていた。

そういうことだったのです。


チャンスはどこにあるのか。

なくしたチャンスはもうないのか、まだあるのか。

たくさんのことを次女は考え、同時に、進まなければなりません。


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すでに変身を遂げ、変化を見せ、誠意を示し、回復の軌道に乗った娘たち。

再び、チチの応援が始まる。慰めることもできるけど、声援もしたい。


オレたちのファイト