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『名探偵の呪縛』   [東野圭吾]





 世間を蔑(さげす)んで孤高を誇るのではなく、世間に埋もれながら自分を高く持するためにこそ、「教養」はある。   (村上陽一郎)





『名探偵の呪縛』 東野圭吾/講談社文庫(1996年10月15日 初版第1刷発行)
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本格推理小説を楽しんだ時代があった。
エラリー・クイーンを読み、アガサ・クリスティーを読みあさった時期がある。
脳味噌がそういう謎解きを欲していたのだろうが、二十代前半までか。

その後、松本清張にハマってしまい、取り憑かれたように読んだ。
特に短編はカッパ・ノベルズで11巻、文体修行として読みまくった。
確かにその文体も素敵だが、社会派推理の世界を楽しんだ。

その後、人が勧めるのは読むが、とんと、推理小説は読まなくなった。
そして数年前から東野圭吾にハマった。
彼は本格推理は限界が来たと感じているようで、その持論を主人公に展開させている。

東野圭吾の作る世界、すなわち、盛り上がりと起伏には欠けていた。
どうしても密室には、膨らみが欠ける。
人物が描けなくなるので、単調となる。

それでも妻は、読むかなと、寝室へ持っていった。
彼女は最近、電気スタンドを持ち込み、寝室読書。
そういう読書は、5秒で寝てしまう私には出来ない芸当だ。





◆ 水菜と豚肉のペペロンチーノ
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パスタを究めたいと思ったのは、妻の休日に、ランチとして提供したいからである。
できたら、妻も白ワインを飲んでくれると、お洒落な夫婦になれるのだが。
と言っても、私がオッサン領域で寝っ転がっているのだから、お洒落にはなれない。

妻に尽くすとか、家族に尽くす、あるいは、客人をもてなす。
これを実現する方法としての「料理」に、活路を見出そうとしている。
簡単にはいかないだろうけれど、意識して、新しい味を求める。

そう言えばエラそうにする先生のペペロンチーノ、あれは美味かったな。
遊びに来た生徒が、いつか、そんなことを思い出すのも嬉しいやん。
簡単に見えて、美味いもの、作ったるでぇ。




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