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三女の引退レース   [旅]





お江戸の散歩/辰巳国際水泳場で応援編
 お江戸の遠征、そもそもは三女の応援。
 娘の引退レースを応援するという趣向。
 もちろん、気力・体力の限界を過ぎ。


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南風が吹き、北風が吹き、南風が再び。
そういう繰り返しからか、靄も少なかった。
JR京葉線の新木場駅 2番線(東京方面)。
東京に向かって左前方に富士山が見えた。



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2004年8月20日、初めて新木場駅に降りた。
次女の初全国が、辰巳でおこなわれたJO。
2017年2月19日、三女の引退レース。
私の全国も、ここで始まり、ここで終わる。



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引退し、社会人として活躍中の次女も観戦。
ビデオ撮影と応援、次女の声も入っていた。
肩の力を抜いて、お疲れ様でした。
よく頑張ったと思う。



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遂に、ロングスパートを見ることなく終了か。
足が止まった、腕が重い、そんな声が入る。
最後は私も、次女も、頑張れ頑張れ、のみ。
頑張れなど無用の言葉と言っていた父だが。



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去年9月、最後のインカレだったが、直前の交通事故で蓄えた物を奪われ、ボロボロの中、女子主将の意地を見せ大いに奮闘したのだった。水泳部の4年生はほぼ全員、そこで引退をした。

しかし、頑固者の父は、大学院に進んで水泳部を素材に研究をするのだから、最後まで泳がなければ、大会を狙わねば、つながらないだろ、おかしいだろ、半年も泳がないで卒業など、何が引退だ、と言い張った。

就職が決まったから遊ぶという、勘違いした大馬鹿者の大学4年生を多く見る。大学なんて場所は、社会や大学院までの中継地点でしかなく、何を継続して、どうつなげていくかが大事なのだと考える、元高校教師。妥協はしなかった。

ボロボロになってまでも、最後のインカレを泳ぎ切った。しかしそれで引退とはせず、監督も言ってくれたように、卒論と両立して最後までよく練習に取り組んでくれた。これで三女は、大学院につながった。涙が出るくらい、誇らしい娘でaru。よく頑張ったと思う。

学生として、アスリートとして、娘は正しく、競技者兼学生の人生を全うしたのだと思う。そしてこういう正しい生き方をする人間を、これからも応援していきたいと思っている。




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