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イジメも差別もなくせたらいいね    [ことば]

大阪で生まれた男と大阪のおばちゃんの会話から。

右に部落差別、左に朝鮮人差別がありました。差別に関しては敏感に生きていました。良いなと思う大人の会話の中にも、当然のように組み込まれていた言葉があります。「四つ」とか「エタ」という言葉をよく耳にしました。人権意識がないと、「歪み」が始めから組み込まれていますから、イジメが生じると加速してしまいます。怖いことだと思います。まだまだ日本には差別が、構造的に存在していると思います。以前に「バカちょんカメラ」という言い方がありました。「バカでも朝鮮人でも」という表現の略です。良くないです。

現在の教育では言葉狩りが終了していますから、高校生あたりには、「めくら」「おし」「つんぼ」「びっこ」、そういう言葉が理解できません。教育の力に驚きました。およそ、10年から20年の間に、言葉が消されてしまったのです。良いことか悪いことかは分かりませんが、言葉を封じ込めてしまうほどの影響力は、教育の中にあるのだと思います。

だから、お念仏のように繰り返すことは、それこそ偉大な力になるのでしょう。そんなことを考えています。差別、人権、子どもの権利、ジェンダー、こういうものと正面から向き合っていかないと、良い方向へ向かうわけがなく、世界から取り残されてしまいます。

ブログをチェックしていて発見しました。
ひごろの生活の中で、地域で、人権教育に率先して参加される心の友《大阪のおもろいおばちゃん》に、感動しました。そういう暖かい人が素敵にまぶしく輝きます。

心が痛い・・・だからファイト!   [仕事]

ロンドンオリンピック:Aquatic Centre (アクアティックセンター内部)
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2012/02/23
選考会まであと39日!

『リーダーというものは下に対して「俺を信頼せよ」と言うのではなく、自らが下を信頼すること。総てはそこから始まるのである。』  塚本幸一(ワコール創業者)

どうも我が国では、ムードが先行してしまいがちです。論理的にしっかりと築き上げるべきものがなく、ムード先行で、ニュアンスと雰囲気で物事が進んで言ってしまうような気がします。良くないところにたどり着いたらどうするんでしょうか。

人事以外に改良の手立てがない学校というものは、すでに、ダメになりつつあると思うのです。まあ、とにかく大きな声で、「やらないための話」ばかりをする、どうしようもない連中は、やらない人間を見抜く力があってすぐに徒党を組む。そして、「協力がないからやってられない」と捨て台詞。

協力がなくったって、結果を出すための目標を掲げ、具体的な演習方法を見いだし提示し、子どもたちにモチベーションをアップさせるための、あらゆる企画をし、あらゆる演説をし、あらゆる解説をし・・・、要するに、私たちだって「やるか」「やらないか」だけなのだ。

オレたちは、やってやってやりまくって結果を出している。文句ばかりタレ流している連中は、笑っちゃうほど結果が出せない。毎年新しく来た子どもたちは何も知らないから「先生・・」と慣れ親しみ、卒業するときには「なんだあの教師」と唾棄している。それを繰り返していることに無自覚なサラリーマンが増殖中。せめて私の周りからそう言う連中は殲滅する。

心が痛い。


金貨より眩しい娘の覚悟   [@Home]

親ばかの自画自賛は最終回。復活せねば。

娘には自分を責めるなと伝えた。
想像以上に覚悟を決めて乗り込んでいると理解した。
娘ール◆(2012/02/19 Sun,23:39)◆スカイプ、スピーチの練習など(一般には会議など)とはっきりとした目的がある通話には有意義だと思う。東京ー鹿屋ー札幌でやっていた時は、3ヶ所という場所だったけれどあまり距離感を感じなかった。それは日本という場所に居たからなのかは分からない。しかし、9月からパリー鹿屋ー札幌という同じ3ヶ所でも、東京に居た頃より、「ズレ」を少しずつ感じるようになった。◆札幌ー鹿屋間のスカイプをどうするべきか、私には分からない。でもこちらと日本2都市のスカイプは辞めた方が良いかもしれない。もちろん、寂しくないと言ったら嘘になる。でもパリ政治学院に行くと決めた時点で最低でも1年は日本に帰らないと決めていたし、こちらの大学院を受験したときも在学中は日本へ帰ることが出来ないと覚悟していた。この寂しさは自分がやりたいことをやるための代償だと思っている。


長女が完全に、精神の自立を終えたのは、今回の留学後であったと思う。パリ政治を終えて、その後どこに進むかを決めた(相談してきた)時だったと思う。少なからず、自分の進みたい方向が見えてきたのだろうと思う。理路整然と、自身の方向性を明文化し、その語り口には説得力があった。親というもろい立場ではなく、一社会人として、納得できる論理であった。私の本音は賞賛でしかない。確実に言える言葉はこれしかない。

進め。

『龍言飛語』 村上 龍/集英社』(p162)◆海外に五年、あるいは十年住んでいた人は、それだけで無条件に尊敬すべきだ。それだけで偉いよ。帰国子女がいる学校は彼らを中心に授業をすべきだ。帰国子女は違う言葉の人間、違う宗教の人間とのつき合い方を知っている。教師よりはるかに偉い。

『すべての男は消耗品である。vol. 5』 村上 龍/KKベストセラーズ(p242)◆重大な事態に際して、わたしたちはそもそも批判する言葉と文脈を持っていないのではないかということを指摘したい。批判には基本的な理念や将来へのビジョンが不可欠だ。◆(p245)◆理念というのは、絶えず疑いを持って現状を見つめることのできる何かだと、柄谷行人は言った。わたしは正しいと思う。


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(左)復興国債1000万円購入で贈られる1万円金貨の裏面◆(右)1万円金貨の表面
奇跡の一本松にハト…復興応援国債で金貨・銀貨◆財務省は21日、「復興応援国債」を一定額以上購入した人に贈る記念貨幣のデザインを発表した。◆金貨と銀貨で、いずれも裏面に東日本大震災の津波に耐えた岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」とハトをあしらった。◆復興応援国債は個人向け復興国債の一種。国は調達した資金を東日本大震災の復興財源に充てる。4月の発行分は3月5~30日に金融機関で購入の募集をする。購入から3年後の保有残高を基準に、1000万円ごとに1万円金貨を1枚、100万円ごとに千円銀貨1枚を保有者に贈る。◆金貨は直径26ミリで重さ15・6グラムで、表面に東日本上空にハトが舞う様子を表現。銀貨は直径40ミリで重さ31・1グラムで、漁船と稲穂を描いた。◆(2012年2月22日01時34分 読売新聞)


復興支援は大事だと思う。復興応援も大事だと思う。絆もいい。しかし・・・
断捨離を明日へと先送りする身の、覚悟の足りない俗人には、この記念硬貨がまぶしく錆びる。

北海道に移り住んだ頃、雪道で、路肩に落ちた私の車をワイヤーで引っ張りあげてくれた通りがかりの車の人たちは、名前を語らずに去っていった。突き放された、まさに路頭に迷い、藁にもすがる気持ちで呆然としている私には、明らかに神の登場のようだった。

儲かるから助けてくれたのではない。名乗ることもしないで去っていった車に、北海道の人の、大地の大らかさを感じたものだった。1万円の記念硬貨、復興債限定。こういうものを発想する役人たちの、さもしく卑しい根性が鼻持ちならない。国民を堕落させるのも、いい加減にしろ。男は黙ってサッポロビール。武士は食わねど高楊枝。花は桜木、人は武士。

まっとうな人間をオレは育ててやる。

餓死の国に生きて   [新聞から]

ある意味で体調不良だった。久々に「ニトロール(舌下)錠」を使った。即効性はあるが、しばらくめまいが続き、帰宅は遅れた。その後は頭痛となり、疲れが溜まる。ストレスと、激しい怒りが禁物だから、そういうものが襲ったか。子どもの頃なら「ばちが当たった」などと、意味不明なことを言われたのだろう。
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ニトロール錠5mg 静脈を広げて心臓の負担を減らすとともに、冠動脈を広げて心筋の酸素不足を改善し、胸の重苦しい圧迫感やしめつけられるような胸痛を速やかに和らげます。 通常、狭心症や心筋梗塞などの治療に用いられます。


今日は寂しくなるニュースが3つも重なった。
父娘の孤独。
ずっと子どもと一緒にいたいけれど、これは寂しいなって思った。
90歳父と63歳娘、死後数週間で発見…病死?   20日午前10時半頃、東京都台東区下谷の「小林ビル」1階で、住人の男性(90)と長女(63)が死んでいるのを、このビルを管理する不動産会社の社員が発見、119番した。◆警視庁下谷署によると、2人は死後数週間が経過していたが、外傷などはなかった。同署は病死の可能性が高いとみて調べている。◆同署幹部によると、2人は、別々の部屋でベッドにあおむけに倒れていた。今月7日頃までの新聞は家に取り込まれていたが、それ以降はたまった状態だったという。玄関のドアは施錠されており、外部から侵入した形跡はなかった。◆男性方は、妻が入院中で、男性と長女が2人で暮らしていたという。◆(2012年2月21日03時06分 読売新聞)


家族が一緒に、格差のどん底に落ちていた。
最後に「絶望」を感じたのは誰だろうかと思った。
いよいよこの国も傾斜を傾け始めたのだろうと思う。
餓死? 3人、住民登録なし…室内に1円硬貨数枚  さいたま市北区のアパートで20日に見つかった餓死とみられる男女3人は、市に住民登録をしていなかったことが21日、市関係者などへの取材で分かった。◆3人は約10年前から入居し、家賃を約半年にわたり滞納していたが、市への生活保護などの相談はなかった。大宮署は、22日にも3人を司法解剖して詳しい死因を調べるほか、身元やアパートへ入居した経緯などを調べている。◆捜査幹部らによると、遺体が見つかったのは1階の2DK。60歳代夫婦と30歳代の息子が住んでいた。夫婦とみられる2人は6畳の和室、息子とみられる男性は4畳半の和室の布団の上でそれぞれ見つかった。いずれもパジャマやスエットを着ていて、敷布団の上であおむけに掛け布団をかけ、普通に寝ているような状態だったという。◆息子は日払いの建築関係の仕事をしていたらしい。室内は整理整頓された状態。食べ物はなく、1円硬貨が数枚あった。◆(2012年2月21日17時43分 読売新聞)


2歳の子どもの「寒いよ。寒いよ」というセリフが父親にはどのように聞こえていたのだろうか。私にはそんな声は聞こえないし、聞きたくもない。イノチガケで子育てをしようと決めた者にとって、別世界のことである。確実に何かがおかしいと思う。
おむつ姿の2歳長男、窓から投げ雪中に放置  旭川中央署は21日、2歳の長男をホテルの窓から、雪の積もる1階の屋根に投げ落としたとして、大分県出身の住所不定、無職三原剛容疑者(25)を暴行の容疑で逮捕した。◆発表では、三原容疑者は18日正午頃、旭川市台場1条のホテルで、2階の部屋の窓から長男を投げ落とした疑い。2階の部屋から1階の屋根までは、約50センチの高さで、屋根には雪が積もっており、長男にけがはなかった。◆長男は全裸でおむつだけをして屋根に放置され、「寒いよ。寒いよ」と泣いていたという。ホテルの従業員が、この様子を見ており、しばらくして三原容疑者は、長男を部屋に引き入れたが、従業員が同署に通報した。◆ホテル関係者によると、三原容疑者は1週間ほど前から長男と知人女性と3人で滞在していた。◆(2012年2月21日21時04分 読売新聞)


ちょっと大昔の、村上龍の乱暴語だった頃の文章を引用したい。
『龍言飛語』 村上 龍/集英社
(p106)   イギリスをはじめヨーロッパの人は躾が厳しいからね。犬を散歩させていて鎖を離しても、絶対に人を噛んだり、どこかに逃げたりすることはない。ぴたっと横について公園を歩いている。そういうことができるのだって小犬の頃からぶつときはぶつ、褒めるときは褒めるときちんと教育しているからだ。基本的には犬も人間も同じだ。どれだけそいつと物理的な時間をともにしたかというので決まってしまう。物理的な時間をとらなきゃダメなんだ。

(p165-166)
 子供との話し合いを面倒がることというのは、日本の外交能力のなさとまったくイコールだと思う。相手の顔色をうかがい、決して自分の意見は言わず、言葉が違う人間には話しかけられず、アメリカに追随してるのと同じことだ。

 自分の子供に向かい、子供に分かる言葉で説明できない人間が、価値観の違う国の人間に対し、自分の立場を説明できるか。子供というのは言葉の違う外国人と同じような存在だ。そういう相手にも理解できる言葉で、自分が何をしたかったのか、今は何をしたいのかをわからせようという姿勢がまったくない。

 日本にいる限り、制度の中の親子、夫婦、会社の上下関係、あるいは仲間意識といったものの中で話は収まってしまう。努力して相手にわかる言葉で説明する必要なんてないんだよ。

 そういう意味では、もともと外交能力が育たない土壌なんだ。外交というのは、違う言葉、違う価値観の人間とどうやって共通の土俵で話し合いをするかということだから。

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写真は高校留学時に所属していたフランス田舎の水泳チームでレースに参加して獲得したメダル。こういう経験は特殊だが良いコミュニケーション作りができたのだと思う。


何かに飲み込まれて、絶望の淵をのぞき込んで、格差と呼ばれる底辺に位置してしまった人たちが救われることもなく、いろんなものが動きを速めている。改革と呼ばれるもののスピードはいっこうに停滞したままだけれど、排除と置き去りの時代に突入している。

しっかりとした子どもを育てていかなければ、本当にこの国は救われなくなってくる。復興債は記念金貨がほしくてするものなのだろうか。何かがおかしいと思う。

この国で、「餓死」が続いているけれど、果たしてそんな国なんだろうか。オレたちのニッポンは。


家族の形態を変えるために脱皮する   [子育て]

『すべての男は消耗品である。vol. 5』 村上 龍/KKベストセラーズ
(p67)  いい気になってしまうことのデメリットは、考え抜くことを放棄するという点だ。
2012/02/20
16歳で長女の子育ては終えると宣言して、実際に彼女の16歳の誕生日に、今日で子育ては終わりだと伝え、その後一切、怒ることはしませんでした。なぜ16歳かというと、海外進出をさせたかったし、そのために自立を急がせました。早いスタート。

多少のルーズさも、欧米では当たり前で、日本式の細かすぎる教育は私には御法度で、出る杭は打たれる式を廃棄し、出ない杭は認められないと、しっかりと自己主張をさせました。欲しいと言わねばやらないし、時に、お願いされなくてはプールの朝練にも送っては行かない。

そんな厳しい対応をしましたが、16歳からの長女には、敬意を払って対応しました。大人として、本人の考えを促し、意見を聞き、余計なお世話は出来るだけしないようにしてきました。娘は徐々に、欧米仕様、それで十分。あとは、問題点は淘汰されていくだろう。経験が優先だ、と考えていました。

それを昨夜、スカイプの最中に怒鳴ってしまいました。些細なことに怒った自分を悔いるとともに、やはり家族の形を変えていかねばならないという思いに達しました。そういう脱皮を意識的にしなければならないのだと気づいています。

子育てを終えたと宣言してから、6年あまりぶりのお説教。怒鳴り。心臓に来ましたね。痛い。札幌、鹿児島、フランスと少なくとも今後5~6年はこの三箇所に散っての生活になり、車で2時間という世界ではありません。日帰り不可能な物理的距離があって、空間の共有は不可能となっています。せめて時間の共有は、スカイプなのでしょう。

長女を怒ることは卒業して暫く経っていますから、今日は一日、へこんでしまいました。
新しい家族の形態、小さな事を意識的に、また積み上げようと思っています。

こんなこともたいせつなこと
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東京が計画停電で、本も読めない。勉強家には致命傷で、帰ってこいよと促した。フランスのビザを取るために、4月上旬には東京に帰るのだけど、放射能も気になるし、3週間 こちらで本を読めばいいと呼び戻した。夏にはフランスに渡る、ソーラー式の電波時計を買おうと、欧州でも受信可能の電波時計を買ったのだった。おそろ、だ。

家族を再構築しようか   [@Home]

長女からのメール/2012/02/17, Fri 07:51
無事に、ジュネーブに決まりました。3月下旬に結果発表とHPで告知されていたので、メールが届いたときはびっくりしました。奨学金の採用は、3月5日に発表だそうです。高校生の時のホストファミリーや第二のホストファミリーにも報告しておきました。ホストマザーが一番喜んでいたかな。

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姉への手紙より/2012/02/19
 過去を引きずった話はもうアホらしいので先の話。
 金曜にメールがあって、長女はジュネーブの大学院に見事合格しました。かなり厳しい状況の中、パリ政治学院での成績も含めて、教授陣の推薦書3本も功を奏したのかと思います。
 ということは、彼女は今後7年近くは日本に帰ってこないと思います。パリ政治を卒業後、住居探しがあるだろうし、フランスとスイスの国境沿いのフランスの田舎で住居を探すのだと思います。
 国連職員に彼女はなるのだろうと思います。最短で29歳と言ってました。インターンシップも就労経験も必要だと言うことで、日本に帰ってくる余裕はないようです。
 会えない寂しさはありますが、私がやりたかったことを、そういう夢を実現してくれているので、誇らしさで寂しさを覆います。退職すれば、何度か会いに行くつもりだし、それで十分だと、思っています。思っているだけで、会いに行けなくても、私にとっては夢も人生の一部ですから。

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チチの願い/2012/02/20
会えないのは正直言って寂しい限りである。会いたい。一緒にいたい。しかし、ディズニーランドに住むわけにはいかない。急に雨になった雪の後の2月、二人でスプラッシュマウンテンに30回は乗った、降りると走り、お客さんがほとんど引いたから、だいたいは先頭に乗れたよね。楽しかったぁ。

でも、そんな生活がずっと続くわけではないことを知っている。本当は、ずっとそんなことをしていたかったのだけど、そして、いつかまた家族で、と言いながらもう二度と行かないのかもしれない。

学生選手権とそのすぐ後の千葉国体、応援も楽しかったけれど、長女と二人で過ごした時間が楽しかった。思いっきりバカをした。長女の勉強時間を邪魔して済まなく思いながら、それでも一緒にいることが楽しかった。そんな生活がずっと続くとは思わないけれど、あんな時間がもう一度ほしいとも思う。

千葉国体が終わり、思うような結果が出せなかった次女を、私と長女で元気づける企画をして、「トイ・ストーリー3」を見に行こう、やってるところがない、いや、舞浜だ。そういって、ディズニーシーに隣接する街で、映画を観たね。飛び出し眼鏡で。楽しかった。

しかし、そんな、楽しいばかりの生活がずっと続くわけがないことをチチは知っている。キミたちに、世界を目指せ、と教え続け、世界に出始めているキミたちが心の寂しさを隠して、未来に向けた今日を精一杯生きている姿がまぶしい。チチにとっては、そんなキミたちの生活が誇らしい。

甘えていいんだよ。
ひとりで生活する厳しさや寂しさやキツさを知っている。
週に1度でも、月に1度でも、他愛のない話をする。そういう些細な時間が何かを埋めてくれることは絶対にある。ガス抜きをすればいいのだし、そうやって関わっていくことが家族なのだと思う。

クリスマスや感謝祭は必ず家族と過ごすものなのだよ。
それを帰らなくて良いように錯覚するのは日本人の甘えだと思う。
フランスでもアメリカでも、国家的に移動して、必ずと言っていいほど家族と過ごすことを大事にする。

長女も次女も、やがては三女も、クリスマスにしろ正月にしろ帰ってこないんだよ。移動の時間やお金の問題だとは思うが、優先順位の1位2位がお金と時間、家族が3番以下になっている。それを大前提的に認めてしまうと、何かがおかしくなってしまう。だから、すまないねぇ、という感覚で手紙を書くという行為があったのだと思う。そして時代が進み、メールになり、TV電話が登場する。小さな隙間を埋めるということだ。

再会の時をより効果的にする、そういう演出はいらない。家族だから。いつでも一緒。そばにいる。言葉で言えば「bond」だね。「絆」という暖かさを感じることもできるが、「束縛」という鬱陶しさもある。家族に対して感じる束縛感を上手にコントロールするのが、敬意ってやつだと思う。何事もバランスさ。甘えと敬意は同時に存在することができると思う。そのバランスが大事だと思う。

私は、キミたちに、いつでも帰ってきてもらいたいし、しかし、帰ってこなくても頑張っているんだなと応援を続けている。ただ、音信不通に慣れてしまいたくはない。

何があってもキミたちが誇らしい存在であることには違いない。

束縛するつもりはない。ただ、工夫して、家族を再構築しなければならないと思っている。もう成人だから、ガキ扱いもできないし。しかも今さらシンデレラごっこではあるまいし。少しずつスタイルが変わってくるのは仕方がない。変化も意識し始めている。

お互いにさらなる成長を目指してみないか。

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心の再スタートを切る   [日常]

思うように行かないことも多いけれど、今日(2/19)、「報ステSUNDAY」でやっていた「長野智子が追跡10年御殿場事件・・真相は」の中の被告とされた青年(犯行時少年)たちの、やるせない怒り、現実的な苦痛、これらに比べたら、私の現状は自分の努力でなんとでもなる。自助できることの救いの中で生きている。幸せなのだと思い知る。

被害者が嘘をついたのか。物証のない中で刑事裁判が終わり、刑期を満了した元少年たちが民事訴訟を起こした。3月から始まると言うが、嘘で多くの人生が奪われたのなら、事情聴取をした警察、反証に対し裏付け捜査もしなかった検察、判事、裁判長、こういう方たちの「責任」が問われないほど、公務員って優遇されるのだろうか。

私の中にも怒りが湧くのはなぜだろうか。レッテルを貼られることの怖さをティーンエイジの終盤に経験した者として、少し怒りが湧いている。しかし、今は自分の目の前にある課題をこなす。1学年320人の責任者として、しっかりと再スタートをする。

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2009年9月【新潟国体】 懐かしの高速水着

『すべての男は消耗品である。』 村上 龍/KKベストセラーズ
 知性というのは、ある能力の状態をいう。すなわち、世界を支配しているのは「情報」であって、世界の中で自分を確立するためにどうしても必要な情報と、どうでもいい情報があり、どうでもいい情報をしっかりと無視し、必要な情報を貪欲に手に入れる、というそのような能力が充分に備わった人のことを知性的というのだ。


私たち教員こそが甘えん坊将軍だと思います   [考え方]

昨夜(2/17)、すてきな同僚、まっちゃんと飲みました。

厄落としという名のもと、まっちゃんに同乗してもらい8時頃に帰宅し、家にある物を手当たり次第に食べながら白ワイン1本、赤ワインを1本空けて、9時半いざ出発。途中、前任校前で下車し乱入。ハリーポッター先生に会いに行く。まっちゃんにとっても元同僚だ。相談室で酔っぱらいが30分ほど談笑し、いざ、なるとへ。
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焼き鳥は既に売り切れていたけれど、つくねと焼きトンを食べながら焼酎をほぼ1歩空けた。大いに談笑したのは、やっぱり、「柳井さんところでオレたちは勤まるだろうか」という話だった。本校の教員が全員ファーストリテイリングに勤務して、何人が1年後にも雇っていてもらえるだろうかと考えたとき、ほとんど全滅に近いと思う、というような話をした。

我々、本校の教員は変化が遅く、頑固で、しがみついた物から離れようとせず、責任を取らない、一国一城の甘えん坊将軍だから、通用しないことは分かっている。だからこそ、できることからやる。自分が変わるってことだな、と熱く議論しているうちに、夜も更けぬ。

ペーパーレスの時代なのにおそらく学校現場での印刷、紙の消費量は増加していると思う。なぜなのか。私を筆頭に本校の先生方は、一人一人が考える頭を持っていないからだと、思う。片方で、「省エネ」「エコ」「地球に優しい」などと寝言を言うのだ。学校で紙を買うのはやめて、使う人が自分で買って印刷すればいいのだと思う。

校内はランでネットワークを構築してあるのだから、しかもメールがあるのだから、しかも共有フォルダがあるのだから、・・・。本校にはファーストリテイリングで柳井さんの元で通用する社会人はいないと思う。日本が、少なくとも本校がダメになっていくのは明らかで、教師がいちばんの甘えん坊だということだ。

だから、酔っぱらっている。

復活準備   [仕事]

しけん1週間まえ、良い響きだ。凹んでしまったときには、これがいい。仕切り直して、立ち直る節目。

昔「ダメ教師殲滅作戦」という本を読んで、いたく感動したことがある。30代の血気盛んな頃だった。それから20年あまり、殲滅も撲滅もされることなく生き残ったダメ教師の多くが、管理職になって組織を解体していくのは、小さな頭と心で精一杯に考えた結末か。王道を行く学校が減り、学校という施設が萎縮していく。

それが新しい時代なら道も譲る。しかし、どうもイカン。辻説法、行脚に出かけなければならない。早速、昨日リリースされたベネッセ1月模試の速報版を利用して、1学年の沈滞ぶりを打破しようと思う。幸いに今日が考査1週間前。明けて3月からの打つ手を企画する。絶対に、結果を出してやる。勝算はある。フォーメーションは、中央突破。
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今年の雪まつりの11丁目国際交流広場で。優勝した香港、飛躍する龍(The Leaping Dragon)をよく見れば、他を圧倒して勝った要因がある。それは、細やかさ。繊細さ。教育の現場で、「気づく」ことのできる細やかな感受性は、どんなにどう猛な顔をしていても必要なこと。それさえあれば、事態は常に打破して行ける。

困ったものは「鈍感」で「無神経」な「男」の、「善意」。私が来る前からもそういう人がいたけれど、最近は、そう言う方が増えて、さらに「何もしないのが一番良い」と言いたげに、「問題を起こすな」の一点張りの学校方針。勇気も度胸もなく、このままでは、石橋を叩いて壊すことになる。それは慎重ではなく臆病。
 「権威による統治システムの弊害」(『「借金棒引き」の経済学』/北村龍行/集英社新書)
1. 失敗を認めることができない。
2. 抜本的な対策をとれない。従来の対策の否定ができない。
3. ルール変更の際に、もろい面を露呈する。
4. 権威の及ばない外部に無力である。
5. 被統治者の成長がない。
6. イノベーション・技術革新を妨害する傾向がある。
7. 人材が育たない。

ナルシストな自分には20㎏の重りをつける前の筋肉美写真がある。今は東京ドームになってしまったけれど、その前身の後楽園ジャンボプール時代。よくモテたけれど、とりわけオカマちゃんにはモテてしまった。理由がよく分からないのだけれど、私は女性の方が好きだ。

今日は金曜日、帰宅すれば呑める。喜びがあるから慎重に生きる。
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頓珍漢が横行して   [仕事]

昨日(2/15)信頼する同僚に話をして元気になった。今は、教科指導に大専念して、新2年生のシラバス完成に精を出す、そういう心の友の語らいにリラックスできた。Sさんに感謝している。

流行の学校評価の一環で取っているアンケートの記述欄で、私はぼろくそに書かれていた。先月、それを総務部の人間に渡されて、以来、不愉快が続いている。まじめなだけの人というのは、それだけを優先順位の最高位に位置させ、迷惑を振りまくから困ったものだ。

アンケートでの記述は確か5人程度であったが、それが全て批判的な内容であった。記載者だけがそう考えているのだと思っていても、実質100%が批判しているわけで、私の気性では「責任を取っておりる」ということが既に決まっていく。すると、先を見通して仕事をする人間にとって、破綻が始まるのだ。そして無力感が先行する。

新1年生の担任に希望を出す。理由は、そういう「無意味な」「建設的でない」「辻斬りのような」コメントを流布させることの意味を問い、批判に対して体を張る、嗚呼、そうやってティーンエイジを暴走したではないか。5人程度につぶされるのか、否、賛同のコメントが誰一人なかったって事だよ。傷つくのはそこさ。いい思いをした人は確実にいるはずだが、ノーコメント。

結局は今の流行、みんなで批評家、文句だけは言い、ためておいて爆発させる。
父の葬儀で大阪に帰り、戻ってきて渡された。障害を抱えた母だけを一人で住まわせていいのか。自分が必要とされているのは、本当にここなのか。そういうことを考えて、大阪に帰るべきなのか。奥様も、東京に帰るべきではないのか、母親一人で高齢だから。そういうことを考えて、人生に捕まった気分になっていた。

大阪から戻ってきたら、昼食時に、割って入り机上に冊子を置く。「不愉快になるかもしれませんが」と言いながら。そう思うのならなぜ渡すのか。渡して何かが変わるのか。オレに何を問いたいのか。怒らせて、組織破壊に暴走させたいのか。まじめ、という姿勢は人生の上で当たり前のことなのだ。そんなものが優先順位の最上位に位置すると、頓珍漢なスイッチを押すことになる。すると、親であれ家族であれ、敵対行動に対しては、専守先制。

『誰にでもできる恋愛』 村上 龍/青春出版社 より
(p149) どの部分が良くて、どの部分に無理があったのか、無理をしてきた部分は今後どうすれば改善されるのか、そういったことを冷静に論議すればいいのに、ものが豊かになって心が貧しくなった、などとわけのわからないことを説く人があとを絶たない。

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